第17話 白豚の弟はひよこらしい

 喧々囂々けんけんごうごう、議論百出、すったもんだがありまして。

 どうにかこうにか合意をみた両親は、翌々日には屋敷から消えていた。

 父は帰る時に「鳳蝶に虐められたら直ぐに連絡するように」と宇都宮さんに言い含めたそうで、それには宇都宮さんの方が憤慨していた。

 母の方はレグルスくんが成人するまでは莫大な養育費を手にする事が出来るような取り決めになったらしく、少しはましな顔をして帰ったらしい。これでこの家の不良債権は私だけになったようだ。

 私はと言うと、あの話し合いの席で頭を使いすぎ、オーバーヒートで熱を出して寝込むこと丸一日。

 その翌日には日課の散歩を再開していた。

 姫君に仙桃のお礼を申し上げ、家族が増えたことをお話すると、レグルスくんを散歩に連れてくる許可を貰えて。

 本来神様は人前にほいほい姿を見せるものではないが、私はレグルスくんの教育に責任がある。それをお話ししたら、「面白そうだから連れてきやれ」と仰って下さったのだ。

 なので、レグルスくんも朝の日課の散歩に連れていくとして、彼の課題を考えなければいけない。

 机に大判の紙を広げて、定規で手のひらサイズの正方形になるよう線を引く。それにそってしゃきしゃきとハサミを入れて、何枚か同じサイズの紙を作る。

 この世界の文化レベルはなんだか不思議で、魔石を埋めれば使えるコンロやオーブン、冷蔵庫や果てはシャワーや風呂まであるのに、折り紙とか千代紙とかがない。

 けど、こどもの知育玩具の基礎って折り紙とかじゃないの!?

 日本人だった『俺』が心の隅で吠える。

 幸い紙はそこまで高級品ではなく、貴族の息子レベルなら直ぐに手に入る代物。

 折り紙がなければ作れば良いじゃない!って訳で、自作してみたのだ。

 いくつか切った紙のうち、一枚を対角線で折り曲げで三角を作る。それを繰り返して出来たのは、日本人にはお馴染みの鶴で。

 見本にするためにウエストポーチに、紙とハサミと共に片付ける。

 それからブラウスとパンツに着替えると、ベッドサイドのベルを鳴らしてロッテンマイヤーさんを呼んだ。

 私の日常が戻って、そこにレグルスくんと宇都宮さんが加わるだけ。

 何も変わりはしないのだ。

 


 ぽてぽてとレグルスくんの手を引いて、歌いながら奥庭へ。

 私とレグルスくんがお散歩の間、宇都宮さんはロッテンマイヤーさんから菊乃井家の使用人たるものの心得を教わることになっている。

 その後は宇都宮さんはレグルスくんのお世話のために洗濯や掃除、レグルスくんは私と屋敷の皆さんのお仕事を学ばせて貰う。昼からは私がロマノフ先生に教わった事を授業としてレグルスくんに教えて、レグルスくんが疲れたらお昼寝。私はその間に自分の趣味に精をだし、夜はロマノフ先生から授業を受ける。割りとハードスケジュールだけど、ハードなのはレグルスくんで、私は以前からこんな感じだ。

 私が歌うとぞろぞろ現れる動物たちを引き連れて、奥庭に到着すると、そこには矢張り大きな牡丹が一輪。

 ゆらりと揺れると、薫風と光を伴って艶やかな女性の姿が現れた。


 「おはようございます、姫君」

 「おはようございます!」


 私が深く腰を折って挨拶すると、ブラウスの裾を握りながらレグルスくんも頭をペコリと下げる。


 「うむ、面をあげよ」

 「はい」


 素直に頭をあげると、レグルスくんの金髪かふさりと揺れる。ひよこのようだと思っていたら、姫君も同じように思われたらしい。


 「ふむ、このひよこがそなたの弟かや」

 「はい。レグルスくん、ご挨拶して?」

 「ばーんしゅたいんけの、れぐるすです。よろしくおねがいします」

 「えーっと、菊乃井・レグルス・バーンシュタイン……ですね」


 そうか、父の家名はバーンシュタインと言うのか。それすら私は知らなかったらしい。そう言えば、私は母の名前も父の名前も知らない。後でロッテンマイヤーさんに聞いておこう。

 それはそれとして。

 ウエストポーチに入れてきた敷物をレグルスくんに渡して、それに彼を座らせる。

 私のお歌の時間は結構長いから、立っていると疲れてしまうのだ。


 「さて、では今日は何を歌いましょうか」

 「そうよのう……」


 姫君は愛や恋の歌も好きなら、讚美歌や自然を賛美するような歌も愛されるようだけど、物語性のあるのはかなりお好きだ。

 姫君のお言葉を待っていると、ふわりと薄絹の団扇が持ち上がる。


 「小童、そなた鞄に何を入れておる?」

 「鞄、ですか?」


 ハサミとハンカチ、折り紙と懐紙。特におかしなものを入れた覚えはないのだけれど。

 私が戸惑っているのに、姫君は目を輝かせてウエストポーチを指差した。


 「ほれ、それじゃ!紙で作った鳥のような……!」

 「ああ、折り鶴ですか?」

 「折り鶴と申すのか?とく見せよ」


 めっちゃ食いつかれましたよ。

 なのでポーチから折り鶴を取り出すと、姫君の白魚よりも白いお手に乗せる。すると、しげしげと鶴を眺めて、更に眼を輝かせた。


 「これは紙だけで作っておるのかえ?」

 「はい。えーっと、作り方、ご覧になります?」

 「よし、見てやろう。とく始めるがよいぞ」


 では、と、レグルスくんが座る敷物の上に一緒に座ると、ポーチから紙を一枚取り出す。

 対角線で折り曲げながら、鼻唄まじりに山折谷折。

 最初は私の手元を不思議そうに見ていたレグルスくんも、紙が折り畳まれて形を変えていくにつれ、眼をキラキラさせだして。


 「はい、出来上がり!」


 ころりと手のひらに転がった鶴に、姫君とレグルスくんの視線が集まる。

 指で紙の羽をつまむと、それをくるくる回してじっくりと二人して鑑賞するのが何だか可愛い。

 神様に可愛いは不敬かもだけど。

 頬を緩めていると、こほんと姫君が咳払いをして。


 「これはもらっておいてやろう」

 「え!?や、それは……」

 「なんじゃ?妾が貰ってやると言うておるに」

 「でも、それ、単なる紙ですし!もっと綺麗な紙があれば良いんですけど……」

 「綺麗な紙とは、どんなものじゃ」

 「えぇっと、こう、姫君がお召しの着物の模様とか、花の模様のついたのとかですかね」

 「良かろう、二、三日待っておれ!」


 そう言うと姫君は煙のように消えてしまった。

 あるぇ?今日のお歌はどうしよう?

 仕方ないから、その日はレグルスくんを聞き手に元気が出そうなアニメソングを歌ってお家に帰りましたとさ。

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