第6話 煽てられたくらいで木に登れる豚は、そもそも普通の豚ではない

 「そ、それは本当ですか!?」




 ゆうに十五人は座れそうな食卓で、普段なら静かにマナー指導をしつつ、優雅に食事するロッテンマイヤーさんが、がたんっ!と勢いよく椅子を倒して立ち上がった。


 あら、びっくり。


 きょとんと瞬きをしながらロッテンマイヤーさんをみると、「失礼致しました」と椅子を起こして座り直す。




 「……それで『魔術』が使えるようになったとは」


 「はい、私もスキル確認しましたので、間違いありません。鳳蝶あげは君に魔素神経が予定より早く定着したようです」


 「なんということでしょう……!」




 にこやかなロマノフ先生とは違って、ロッテンマイヤーさんは祈りを捧げるように手を組み合わせて、ふるふるとうち震えている。


 と言うか、予定よりってことは、二人とも私に魔術が使える可能性があるって解ってたってことだよね?


 恐るべし教育者の目。


 あれか、特殊スキルには、万年ビリなギャルとやらを最高峰の学校に合格出来るよう鍛え上げる系のやつがあるのか。


 ぼへーっとそんな事を考えていたら、こちらをほんの少し眉を柔らかにしたロッテンマイヤーさんと目が……眼鏡越しだからきちんとあってるか解らないけど、あった。




 「若様。これは、お祝いを致しませんと……!」


 「お祝い……ですか?」




 魔術を使えるようになるってそんな重要な事なんだろうか。


 しかしロッテンマイヤーさんがお祝いをしなければいけないと言うなら、そうなんだろう。




 「では、ワインを屋敷のみなさんに一杯ずつ振る舞って差し上げてください」




 本当なら屋敷のワインセラーから一本ずつ振る舞う方が良いんだろうけど、私はまだこどもだし、そんな権限はない。申し訳ないけど、ワインを一杯ずつで勘弁願おう。


 スフレオムレツにナイフをいれると、感触がふわふわで、楽しくなって笑っていると、ロッテンマイヤーさんの表情はよく解らないけど、先生が素晴らしく奇妙な顔をして私を見ていた。手にはスフレオムレツを刺したフォークを握って。




 「……スフレオムレツ、美味しくないですか?」


 「いや、美味しいですけど、そうじゃなくて」


 「?」


 「若様、私がお祝いをと申し上げたのは、若様ご自身のことで御座います。振る舞い酒は確かに賜りましたが、若様ご自身は……」


 「え、私?」


 「そうですよ、鳳蝶あげは君が魔術を使えるようになったお祝いです。君は何か欲しいものはないんですか?」




 祝ってもらうほど、めでたいんだろうか。だって別に、私自身の力で開眼した訳でなく、百華ひゃっか公主こうしゅに魔素神経の経絡を押してもらえたから、それだって『私』ではなく『俺』の知識のお陰なのだし。


 私はなぁんにもしてないじゃないか。


 けれど私の中で『俺』が囁く。


 「貰えるものは貰っとけ」とか「この際だから趣味の道具を充実させるんだ!」とか、あまつさえ「旨いものが食いたくないのか」とか!


 食べたいに決まってるし、趣味の道具は充実させたいに決まっているじゃないか!


 なんて悪辣な奴なんだ、『俺』!


 もっと言い訳よこしやがれください!




 「じ、じゃあ……」




 悪辣な『俺』の囁きに、欲望に弱い白豚な私は流されてしまうことにした。






 その夜のこと、寝ようと思って窓を閉めに行くと、月光に照らされて虹色に光る羽の蝶々がひらひらと部屋へと入ってきて。


 あんまり綺麗だから、ついつい手を伸ばすと、ふと短い指を避けて、ぴたりと頭に止まる。そして光に融けるように蝶が姿を消した。




 『伝え忘れていたがのう。明日は今までとは違う歌を所望するぞ。』


 「ぅえ!?」




 直接頭に響く百華ひゃっか公主こうしゅの声に驚いて辺りを見回すけど、部屋には私以外に誰もいない。




 『なんじゃ、昼間逢うたのに妾の声をもう忘れたかや?』


 「い、いえ!ちょっと驚いて……」


 『ふん、姿わらわは見えねど声がすることに驚いたのか。わらわは神ぞ?いちいち姿を現して話なぞせぬわ。先の蝶は妾の先触、わらわの声を人間に届ける道具よ。』


 「ははぁ……凄く綺麗でした……!」


 『ふふん、神の手になるもの、当たり前じゃ。まあ、そんなことはよい。それよりも、明日からはまた別の歌を聴かせるがよいぞ』


 「あ、はい。……どのような歌を?」


 『ふむ、そうよの。神を賛美するような歌は異界にもあるのかえ?』




 少し考える。


 そう言えばあちらの十字架をシンボルにした神様のところは、そのお母上を讃える歌があったような。




 「……御座います。でも、他所の特定の神様を讃える歌で……その……」


 『構わぬぞ、わらわは別段気にせぬ。気にしていたら先ずこの世界の神同士で戦になっておるわ。そんなことより、惚れた腫れたとか、もっと劇的な歌はあるのか?あるならばそれも所望する!』




 ふんす!と鼻息荒く迫られて、一歩後ろに退く。


 姫君の目が爛々と輝くのを見てると、ちょっと嬉しくなってきた。


 歌舞音曲が好きなら、前の世界の菫の園の歌劇やミュージカルはきっと気に入られるだろう。見せて差し上げたいな。




 『なんじゃ、その『すみれそのの歌劇』や『みゅーじかる』とやらは』


 「へ……?」




 私、声に出していたろうか。


 はっとして手で口を塞ぐと、姫君がころころ笑う。




 『声に出さずとも心から声が駄々漏れじゃ。我ら神は声に出さずとも心の声を聞く事ができる。でなくば、祈りの声を聞くことも叶わぬではないか』




 なるほど。


 納得していると、再び頭に声が響いた。




 『今日はもう遅い、こどもは夢を見る時間じゃ。『みゅーじかる』やら『歌劇』のことは明日聞くゆえ、必ずくるのじゃぞ』


 「はい、必ずお伺い致します」


 『うむ、ではの』




 しゅるりと空気に融けた筈の虹色の蝶がもう一度現れては、窓から出ていく。


 私はベッドの中に入ると、明日も楽しくなりそうな予感に胸を踊らせた。

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