第3話 お勉強のお時間です

 この世界は前の世界に似たところがあって、文化レベルは中世ヨーロッパくらいなのに、地動説は常識で我々の住んでいる星は地球と呼ばれている。


 しかし大陸はアトランティス大陸・ムー大陸・ヌサカーン大陸・アストラ大陸の四つだけで、それぞれ似たり寄ったりな言語を使うらしい。どのくらいの違いかと言えば東京弁・関西弁・九州弁・東北弁みたいな感じ。まあ、九州人と東北人は同じ日本語なのに、訛りが全く違って別の言語に聞こえるからあることなんだろう。


 私こと、菊乃井きくのい 鳳蝶あげはの住む麒凰帝国はアトランティス大陸の中央にあって、東西の文化と血を上手く取り込み、東西の融和を掲げた平和国家である。


 表向きは。


 御多分に漏れず、長く続いた国家にありがちな腐敗は全て抱えているし、一部の貴族の搾取のおかげで民草は疲弊。


 国土は広い上に貧富の差は激しく、隣国とは不仲。


 これで戦争が起こらないのは外交努力のお陰……な筈もなく。


 単に簡単に攻められるほどに国力は低下していないし、周りも攻めてこられるほど国力があるわけでないからだ。


 恥ずかしながら菊乃井家は搾取側のよろしくない貴族らしい。




 「……だなんてお教えしたとバレたら私はクビになってしまいます」


 「あー…領民の皆さん、本当に申し訳ない」




 とか言いつつニヤニヤ笑うのは、私の家庭教師のアレクセイ・ロマノフ先生。


 翠の眼に金髪、目がチカチカするほど整ったお顔に、尖ったお耳のいわゆるエルフさん。


 1ヶ月前からロッテンマイヤーさんの伝で、家庭教師をしてもらっている。


 この世界にはエルフがいれば、ドワーフもいて、猫耳と尻尾のワーキャットもいれば精霊もモンスターも魔族もいるのだ。


 なんてファンタジー。


 前の「俺」ならそう叫んでいただろう。けれど「私」には当たり前のこと。


 更に言えば魔法───魔術だってこの世界にはある。


 世界にあまねく四大元素の精霊に語りかけ攻防自在に操るものから、怪我を癒し生命をまもるものや植物の成長を促進するものまで多岐にわたって存在するし、学問として体系づけられていた。


 まだなぁんにも使えないけどね!?


 とは言え、魔術の勉強を始めるのは、通常幼年学校に入学してから。歳で言うなら十三歳からだ。


 しかし、才能があればその限りではなく、それこそ五歳程度で魔術が使えることもあるらしい。


 早くから魔術の才能があるのは名誉なこと。


 だからお金を持っている貴族連中は、幼年学校に通う前から家庭教師をつけて、魔術の基礎を身に付けさせようとするのだ。


 でもそれは我が子に期待があるからであって、死にかけてるのに会いにくる必要性を感じない子供にそんなものがあるわけもない。


 ロマノフ先生は本来は冒険家で股旅生活。偶々「菊乃井領」に寄ったら、知り合いのロッテンマイヤーさんが「家庭教師をしませんか?」と声をかけて来たそうだ。




 『魔術を習うならエルフ、更に冒険家であるロマノフ氏は常に魔術を実践しておられます。実践にまさる学びはございません』




 拳が白くなるほど握りしめて力説してくれただけあって、ロマノフ先生のお話や課題は確かに分かりやすくて楽しい。


 何より魔術以外にも剣や弓等の身体を鍛える勉強や、政治や経済、読み書き算数、諸外国の話も聞かせてくれた。


 因みには、朝の散歩の後にお針子のエリーゼとやった刺繍の続きをしながら、昼に源三さんと菜園に植える野菜の品種を何にするかの選定と、世間話だ。


 チクチクと私が針を通しているのは、ロマノフ先生のマント。図案はエルフに伝わる魔除の意匠。


 「ナスカの地上絵」の「コンドル」に似たそれを上手く縫えるのが、エルフの良いお嫁さんの第一条件だそうな。私は男だから関係ないけど。


 一つ小さなコンドルの刺繍が終わったのを見計らって、「さて」と先生が椅子から立ち上がった。




 「ステータスを見てみましょう。ステータスを出してみて下さい」


 「はい、『オープン』」




 ステータスとはそのままRPGゲームとやらに出てくるステータス情報のことで、丸まま生体情報が見える。


 ロマノフ先生が仰るにはステータス画面は誰でも自分のは見られるけれど、他人のは開示してもらうか、専用のスキルか道具を使ってしか見られず、勝手に見たとなれば白手袋を顔面に投げつけられても仕方ないそうだ。


 で、見るときには「オープン」と唱えるだけで、画面が現れる。他人に見せたくない時は、頭の中だけで「オープン」と唱えれば良い。


 さて、ステータスを確認してみよう。




 名前/菊乃井 鳳蝶


 種族/人間


 年齢/五歳


 LV/1


 職業/貴族


 スキル/調理A 裁縫A 栽培A 工芸A 剣術E 弓術E 馬術D


 特殊スキル/緑の手 青の手 




 ぷはっとロマノフ先生が吹き出す。




 「いやー、いつ見ても貴族のご子息とは思えないスキルですね!」




 お腹を抱えて笑うくらいには、私のスキルは貴族としておかしいらしい。




 「剣術や弓術、馬術は嗜みですけど、調理や裁縫、栽培・工芸って普通は見ないですよ。おまけに『緑の手』・『青の手』って……!」


 「だって!趣味なんだから!仕方ないじゃないですか!」




 「緑の手」とは植物の成長を助け、その実りを約束する特殊なスキルで、熟練した庭師や農民、森の民エルフしか取得出来ない。


 「青の手」とは裁縫・料理や工芸等のありとあらゆる手を使う仕事の熟練者を意味する。マッサージの腕なんかもこの特殊スキルの範囲に入るそうな。要は器用者に与えられる特殊スキルだ。持ち主は主に主婦や料理人、お針子さんや大工さん、生まれついての鍛治師・ドワーフ。


 こんなとこに私の日課と自主勉の成果が出てますよ。なんてこった。


 口を尖らせて抗議すると、脂肪が厚い頬を両手でむにりと挟まれる。




 「いやいや、悪いことじゃありませんよ。その年で特殊スキル持ちなんて誇って良いことで……ぷっ」


 「笑ってる!?凄く笑ってる!?」


 「あー…だめだ、お腹痛い!」




 あはははと笑うこと暫く、落ち着いて来たようで、笑いを引っ込めて穏やかに語る。




 「まあ、何にせよ。熟練系の特殊スキルがあるのは悪いことじゃありません。何が身を助けるか解りませんからね」


 「没落しても何か手に職があったら食べて行けますもんね」


 「そうそう、安寧にあってそう言う危機感を持つのは大事ですよ」




 誉められてないよね、これ。


 とりあえず、脱ボンクラを目指そう。


 今のところ、ステータスに魔術の表示は出ていない。


 魔術は学べば基礎的な物なら、誰でも使える。


 ただ、それは魔素と言う大気中に漂う魔力を、自分の身体に取り込んで魔術に変換しなければならず、その変換する体内の仕組みが幼年学校に通い出す十三歳くらいで完成して漸く使えるようになるのだ。


 早い内に魔術を使えるようになる才能の持ち主とは、その体内組織が他人より早く出来上がった人を差す。


 ではその体内組織はどう作るのか。


 これは極めて簡単。


 魔素を取り込む神経のようなものが全身に行き渡るようにイメージしながら、瞑想を行う。


 ただそれだけ。


 それを繰り返していれば早ければ半年くらいで身体に魔素を取り込む魔素神経が出来上がり、更に才能があれば初期魔術が使えるようになる……らしい。才能が無いものでも五年もすれば初期魔術を使うくらいの魔素神経は形成されるのだそうな。


 瞑想するくらいなら幼年学校に入る前から出来そうなものだけれど、長時間イメージを描きながらの瞑想はかなりの集中力がいる。


 その必要な集中力が身に付く時期が幼年学校入学時期にあたるのだ。




 「じゃあ早速イメージを描いて瞑想するとしましょう」


 「はい」




 ロマノフ先生に従いふかふかの絨毯に胡座───結跏趺坐けっかふざと言う座り方らしい───をかくと、臍の下辺りにある丹田から全身に細かい糸を張り巡らせるようなイメージを脳裏に描く。




 「張り巡らせた糸が全身に行き渡ったら、今度は糸が根を張るようにイメージしてください」


 「……根を張る、ように」


 「そう、根を張るように。……根を張ると言えば、ロッテンマイヤーさんの眼鏡って顔に根でも張ってるんですかね。少しだけずれる事はあっても、外したところを見たことがないんですよ」




 言われてみれば眼鏡を外したところを見たことがない気がする。


 うっすらと瞑想から気が逸れそうになりつつも、イメージの根を身体にゆっくりとおろしていたら。




 「……根が生えてたりして」


 「怖っ!?」




 ぼそっと呟かれた言葉についうっかり、ロッテンマイヤーさんの眼鏡からびっしり根っこが生えた状態を想像してしまった。


 ぶちりと切れた瞑想に、ロマノフ先生がニタリと笑う。




 「まだまだですね」




 エルフって生き物は魔術も得意だけれど、悪戯も得意なんだそうだ。


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