エピローグ
その都市は地下2000メートルにあり、大戦を生き延びたわずかな人たちが隠れるようにして暮らしている。
転生して一ヶ月。氷室は徐々にだが新しい体に慣れはじめていた。
「小僧、出番だ」
ヴェルヌの声で氷室は目が覚めた。
起きあがった体に違和感はない。死ぬ前とほとんど同じであった。
体だけではなく、能力もスキルも、ほとんど変わりない。
氷室は寝床で横になったまま、ため息のような息をもらす。
「普通こういうのって、転生後はさらに強くなってたり、新しい能力を手に入れていたりするだろ」
「死後も能力が変わってしまったらせっかく勇者を転生させても意味ないだろう。<転生>したところで能力に変化はほぼない。便利なものだろう」
「がっかりだよ……」
嫌々ながらも体を起こす。
「それで、今度はなんなんだ」
「殺人だそうだ」
「またかよ……。最近多すぎないか。いよいよヤバイなこの街も」
「それもただの殺人ではない。街の中央で堂々と行われたらしい」
「なんでうれしそうなんだよ」
「クックック。向こうから魂を差し出してきたのだ。ありがたく食って我が力の糧にしてやろう」
「はあ……。それで、死んだのはどっちだ」
「女神派のシスターらしい」
「また報復か」
やれやれと首を振りながら、着替えをするために氷室は起きあがった。
家を出ると生真面目な男が待っていた。
「ご案内いたしますヴェルヌ様」
「うむ。ご苦労ガーベイン」
ヴェルヌの横柄な言葉にも気を悪くした様子はなく、恭しく頭を下げた。
相変わらずヴェルヌに心酔しているようだ。
しかし、遅れて現れた氷室に対してだけは鋭い視線を浴びせかけた。
もともと氷室に対していい感情を抱いているようには見えなかったが、転生してからずっとこの調子だ。
そんなに怒られるようなことをしただろうかと考えていた氷室は、そういえば、と思い出した。
魔王に仕えた者は、死後転生して再び魔王の側近として新たな生を得るという。それは魔王派の信仰であったはず。
そしてガーベインはヴェルヌに崇拝に近い尊敬の念を抱いている。
「おいヴェルヌ、あれは迷信だっていってなかったか」
「誰も彼も転生させるわけないだろう。役に立つ者だけだ。<転生>は相応の力を使うからな」
「……じゃあなんで俺なんかを転生させたんだよ」
たずねると、ヴェルヌが底意地の悪いニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「小僧は我が好きなんだろう?」
「なっ……!」
ストレートに言われて顔が赤くなる。
ヴェルヌがクツクツと喉を鳴らした。
「惚れた者は扱いやすい。奴隷としては最高だ」
「……くそっ」
氷室が小さく吐き捨てる。
何よりも反論できない自分が腹立たしかった。
恋愛は惚れた方が負けといわれるが、まったくその通りだなと氷室は思う。
「それに、小僧は確かに無能だがバカではない。最弱だからこそ我の相棒としては最高だ。魂を弱らせるのにこれほど適した才能もない」
「そうかよ……」
「それに、我を満足させれば、ご褒美が待っているかもしれないぞ?」
美しい自らの肢体で誘惑してくる。
「そういって指一本触らせたことがないくせに……」
「ん? なんだ、さわりたいのか? いいぞ、好きなところを触るといい。ほれほれ」
「くっ……! こ、こんなところでできるかよ……!」
ここは街の大通りだ。
人の少ない都市とはいえ、人の目はそれなりにある。
だが、ヴェルヌはイヤラシい笑みを浮かべたままだった。
「なんだ、人に見られたら恥ずかしいところを触るつもりだったのか? これだから童貞は。手のひとつも握れないようでは、我を悦ばすなど夢のまた夢だな」
「ぐっ……!」
なにをいったところで倍返しにされてしまう。
氷室にはそれ以上口を開くことはできなかった。
「そろそろ事件の説明をしてもよろしいでしょうか!」
ガーベインが二人の会話に割り込むように大声を上げる。
正直助かったと思いながら氷室は彼の説明に耳を傾けた。
大通りの中心に人だかりが見えてきた。
見晴らしがよく、人の目が多い中で起こった白昼堂々の犯行。
なのに、ガーベインの話だと犯人が誰なのかわかっていないという。
よっぽど自分の能力に自信があったのだろう。
裏を返せば、自信があればあるほど負けたときの衝撃は大きいということでもある。
氷室は気持ちを入れかえて声を張り上げた。
この一ヶ月で言い慣れてきた、彼の新しい名前を。
「道を開けろ! 【魔法犯罪捜査官の氷室結城だ】!」
異世界召喚と無能捜査官 ねこ鍋@ダンジョンRTA走者 @nekonnabe
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