青葉と楓(BL)

婭麟

第1話

 青葉はベットに横たえた、香織の顔を覗き込んだ。

 香織は陶酔の中に身を委ねて、青葉のを知らない。

 青葉は少し口元を笑ませると、香織の唇に触れた。

 初めて香織は青葉が覗いていた事に気が付いて、同じように微笑んだ。

 口付けをすると、香織は慣れた様子で返してくる。

 次の瞬間香織は、それは甘い声を発して青葉にしがみついた。


「来た……」


 青葉が香織に囁いた。

 陶酔の渦の中に在る香織は、返事をする事も忘れて甘い声を発し続けている。

 トントントン……と階段を上って来る足音が、一瞬立ち止まって、そして静かに隣の部屋のドアを開ける音が聞こえる。


 カタン……。


 青葉のひとつ違いの弟の楓が、帰って来た事も知らずに、香織は徐々に高みへと上り詰めて行く。


 鞄を置いて暫し机と椅子に腰を落とし、ギィーと背もたれにもたれかかる音を立てた。

 暫くジッとしていたが、徐ろに立ち上がって着替えをする音がする。


 青葉は荒い息の香織をくみしきながら、隣の様子を伺った。


 制服を脱いでハンガーに几帳面にかける。

 ネクタイを外して、丁寧に畳むと机の上に置く。

 ズボンを脱いで、上着をかけたハンガーに、キチンと線を合わせてかける。

 それを壁にあるフックにかける。


「…………」


 暫く音がしなくなった。

 青葉はベットの直ぐ傍の壁に目をやった。


「青葉……」


 香織が青葉を凝視して見つめた。

 青葉はニコリと笑むと、再び香織の唇に触れたと同時に、香織は再び声を発し始めた。


 ガチャ……。


 楓はドアを開けて、トントントンと階段を降りて行った。

 それから直ぐに行為が果たされる事を、夢中になっている香織は知らない。





 香織は脱ぎ捨てた服を、一枚一枚身につけていく。


「もう、こんな時間か……。弟、帰って来ちゃったでしょ?」


「ああ、さっき……」


「青葉って趣味悪いよね。いつも弟が帰って来るの分かっててもんね」


「あいつ、何時も勉強ばかりしてるから、こういった事に疎くてさぁ……。ちょっと揶揄いたくなるじゃん?」


 香織は呆れるような表情を向けた。


「こんな事、揶揄う事じゃないでしょ?」


「……とか言って、お前知っててじゃん?」


「青葉がしたがるから……」


 香織は苦悩な表情を浮かべて言った。


「私は……厭なんだよ……」


「はぁ?あんなに声出してんのに?お前だって、帰って来た事くらいわかってんだろ?」


「そんなの……」


 ……弟の楓が帰って来た事は、玄関のドアが開いた時から分かっている。

 何故なら青葉の神経は全て其処に注がれているからだ。

 そして、楓も玄関先で女子の靴を見つけて、二階の青葉の部屋で何をしているのか、理解して上がって来ている……


「だったらよう」


「えっ?」


「もう、お前とは終わりな」


 青葉は一瞥する様に言い放った。

 香織は唖然とする様子を見せたが、ムッとした表情を向けて青葉を見た。


「あんた、本当に噂通りなんだ?」


 そう言うと、物凄い勢いで青葉を突き飛ばして、慌てて鞄を手に取って出て行った。




「凄い勢いで彼女出て行ったぜ」


 青葉がリビングに降りて来ると、ソファに腰を落としてテレビを見ていた楓が言った。


「ああ……」


「お前さぁ、モテるのはいいけど、何人と付き合ってんの?毎回怒らせて出て行かせるよなぁ……」


「…………」


「俺、お前の彼女の顔覚えられん」


 楓は母親譲りのそれは整った、瓜実顔を向けて言った。


「制服が違うから……学校が違うだろ……それで別人だと認識してるけど……」


「なるほど……」


 青葉はちょっと口元を緩めた。


「……で、腹減ったんだけど……。どうする?」


 楓は横柄に言う。


「ああ……今夜はピザでもどうだ?母さん遅くなるから、なんか食ってろって」


「えっ?そうなの?いいね。俺海鮮系ね……」


「はあ?又俺が注文か?」


「青葉はその時で違うだろ?彼女と一緒だな」


 楓はそう言うと、上手い事を言ったとばかりに笑った。


「早く注文してシャワー浴びて来い」


 女の香織より、綺麗な瞳を向けて楓は言う。

 子供の頃から、見つめると引き込まれる程に潤んでいるのは、黒目が物凄く大きいからだ。

 黒曜石の瞳とか漆黒の瞳とかという言葉を聞くと、何時も楓の瞳を思い出す。

 たぶん女子の大半が、欲しいと願う代物だ。

 その瞳にはまるで対の様に、長くてカールがかった睫毛があって、目の下の睫毛も長いから、子供の頃は女の子と間違われた。

 母親は年子の楓は女の子と思っていたから、紅葉の時期の子供だから紅葉もみじという名を付けて、お腹にいる時から呼んでいたが、女の子の様に可愛いが誕生してしまったので、楓という名に変えた。

 別に男の子でも〝紅葉〟でもよかったと思うが、〝女の子〟を為に変えたのかもしれない……。

 だからと言っても、楓は小さい時から可愛くて、それは思春期を迎えても変わらずに、母親に似て細くて華奢で綺麗な顔立ちをしている。

 青葉も端麗な顔立ちだが、父親似で体格はいい方で、ミニバスから、バスケをしているから背が高い


 物心が付いた頃には、もう楓は青葉の側に居た。

 それは可愛い弟。

 幼心にも自慢の弟だった。

 何時も側に居た。幼稚園に行っても一年待てばやって来る。

 小学校に上がっても、中学校に行っても一年待てばやって来た。

 そして家に帰れば、必ず青葉が帰って来るのを心待ちにしていてくれた。

 ずっとずっと青葉は、楓は自分の物だと思って育った。

 必ず側にいて、そして青葉を必要としてくれる、 それは一生変わらない物だと。

 青葉が恋人ができても、家庭を持っても……。

 ところが、高校生になった翌年、楓は青葉の所には来なかった。

 青葉の衝撃は、それは計り知れない物があった。

 青天の霹靂、天と地がひっくり返った様な毎日が続いた。


 そして青葉はある事に気がついた。

 可愛い……弟、妹。

 この違いが分かる様になったのは、幼稚園……いや、判然としたのは小学生の時だ。

 それまでは、ただ他の誰よりも可愛い存在だけ。


 そして中学生になるとは、もっと大きな意味となってくる。

 弟、妹……以前に男、女という意味となる。


 そして高校生になると、どんなに可愛くとも、決して自分の物にはなり得ない存在として立ちはだかる。

 そして弟とか妹とか、そういう次元ではない、楓を自分の物にできないという意味……。


 もしも楓が妹ならば、楓は青葉の物にできるのだろうか?

 青葉は言い寄って来る異性に、その答えを求めた。

 だけど未だに、その答えは見つからない。

 どんなに試してみても分からない。

 そして最近それは楓ではないからだと理解しはじめた。


 そうだ楓は楓で試してみない事には、きっと分からないのだ。

 楓を青葉の物にするとは、一体どういう意味なのか……。



「お前……俺らが何してるか、解ってるよなぁ?」


 楓はジッと青葉を見つめていたが、直ぐに視線を逸らした。


「あれだけ、あんあん言わせてりゃ、馬鹿でも解るべ?」


「ふ〜ん。何時も平然としてるから、気づいてないのかと思った」


 楓は鼻で笑って


「お前マジで好色」


 言い放った。


「俺は楓の方が不思議だね?お前どうしてんの?」


「ど、どうって……お前みたく、そればかりじゃないんだよ」


「そればかり……って、なんだよ?」


 青葉は、楓が動揺を見せるとは思っていなかった。


「俺が教えてやろうか?」


 青葉は、ソファーに腰かける楓の動揺に、つけ込む様に言った。


「えっ?」


 揶揄い半分本気半分で言った事だったが、意外な事に楓の反応は予想外に素直だった。

 青葉がゆっくり楓の反応を見ながら近寄っても、楓はおとなしく青葉を仰ぎ見ている。

 そして少し緊張感を持ったように見えるその表情が、何時もに増して可愛い。

 静かに青葉は楓の隣に腰を下ろして、楓の身体に恐る恐る触れた。

 一瞬ビクッとしたが、青葉の手を払い除ける事はしなかった。


「マジで聞こえてた?」


 耳元で囁くように言うと、楓の股間に手を這わせた。


「やっぱり……」


 青葉はそう言うと優しく弄った。


「やっぱ興奮してたんだ?」


 尚もつけ込んで青葉は言った。


「キスしていい?」


 焦がれに焦がれた楓の唇に、自分の唇を押し当てる。

 それすらも抵抗される事の無い事を確信した青葉は、今までに抑えに抑えていた何かが、ピンという音を立てて外れたのを感じた。

 青葉は楓の唇を貪るように吸った。

 それから、甘い唾液と絡めた舌は楓の味がして、涙が出そうになった。

 そして徐ろに楓を押し倒して、楓の全てを手に入れた。



「お前。また興奮してんの?」


 幾度となく重ねる唇を、呆れるように離して楓は言った。

 夢心地のような行為の最中、楓は思いの外従順だった。

 青葉が言う全ての事を許して、そして叶えてくれた。

 そう……長年夢に見た、絶対叶う事の無いと諦めていた楓の全て。

 それは行為が済んだ後も許された。

 放心状態となった楓は、暫く青葉の腕の中におとなしく抱かれていた。

 幾度と繰り返す口付けに、当たり前のように返してくれた。

 だが、首筋に吸い付いて痕を残し、再び唇を重ねると身体を離された。


「お前って凄え……」


 楓は白い肌を起こしながら言った。


「絶倫……」


「はあ?」


「お前二回目だぞ!二回目!」


「は……そのくらい普通だ、普通」


「へぇ?そうなんだ?俺はもう充分だけどな」


 楓は初めての体験に、少し恥じらうように言った。

 それが初々しくて青葉の恋心をくすぐる。


 いつも楓はこうして青葉の行為に、興奮を覚えていたのだろうと思うと、再び青葉を刺激する。

 青葉の馬鹿げた提案に、抗え無い程に興奮していたと思うと、狂おしい程に愛おしくて堪らない。

 それを望んでわざわざやっていただけに、まんまとはまってしまう楓が愛おしい。


「あっ、ピザ忘れんなよ」


 楓は真顔で青葉に言い残すと、全裸のままシャワーを浴びに行った。

 長年の思いを遂げられた青葉は、その歓喜の余韻に浸った。




「楓は自分でしないのか?」


「何を?」


 食い方の下手な楓は、先程まで青葉に許した唇の周りを油ぽく照らして、少し赤く染めて聞いた。

 それを無意識に拭くのは、青葉の仕事だ。

 口の周りをティッシュで拭いてもらいながら、楓は一瞬意味を解せないような表情を作ったが、先程の行為とティッシュで拭かれる行為が相まって、ちょっと恥らう表情を作った。


「自分で……」


 青葉が急に視線を下に落とした。


「馬鹿!お前と違うわ」


「残念でした。俺様は自分でしなくとも……」


 青葉は言いかけて言うのをやめた。

 長年恋い焦がれた相手が隣の部屋で寝ているし、こうやって毎日顔を身近に見て話していれば、やるせない思いが募るばかりだ。

 毎日刺激されている。


 ひとつ年下の楓に恋心を抱いたのは、中学に入り異性から好意を持たれ始めた頃だ。

 言われるまま付き合ったが、物心付いた頃からいつも一緒だった楓と共にいる時のように満たされる事が無いと知った時からだ。

 その内青葉は大人への階段を上り、男としての欲望を抱えるようになって、何人かの女子と関係を持っても、やはり満たされる事は無かった。

 そして楓への思いが、女子に対してよりも有る事を悟った。

 その感情は自然と青葉の身体に沸き起こり、そして夢の中で数限り無く楓によって満たされた。

 そんな夢だけでしか触れることが許されなかった楓の唇に触れ、楓の全てを手に入れただけでも、青葉にとって幸運としかいいようが無い事だ。

 

 ピザを頬張る楓を見ると、先程の感覚が蘇る。

 静かに噛み締める口元を認めると、先程まで自分の物のように触れられた、小さな生き物が再び魅了する。

 ピザを取る手をその唇に這わすと、楓はビクッとして見せた。


「キスしていいか?」


 すると楓はクスッと笑んで、その手を払い除けた。


「やだよ」


 その表情は激しく怒ってはいない。

 それどころか先程までの余韻もあって、頬を少し赤らめているものの、優しく拒絶された。

 青葉と香織の行為の興奮で、流されてしまった感がある楓は、激しく拒絶する事はしないものの、やはり青葉を受け入れてはくれない。

 その現実に、青葉は納得して手を引っ込めた。

 たった今し方、夢のような時間を持ってしまっただけに、青葉にとってこの現実は辛さを増させた。

 夢の中でしか触れることが許されないと諦めていた時よりも、現実に触れることを覚えてしまった〝今〟がとても辛い。


「またその気になったら言えよ」


「バカ」


 楓は再び頰を染めて、青葉を睨みつけた。

 だが、青葉は再び楓を手に入れる為に何でもする。

 二匹目の泥鰌を求めて女子を部屋に誘い、そして楓に興奮を与えてまた楓を掌中に入れる。

 だが、今度は楓を手放さずに済む手段を模索し、そしていつか必ずその形良い唇と、お気に入りの全てを手に入れる。


 楓はテレビに目を向け、青葉はシャワーを浴びる為に浴室に向かった。

 決して手に入れる事ができずに諦めていた時とは、違う事に気づき青葉は心踊る思いでシャワーを浴びた。


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