-5- 奇妙な日常の始まり


 アルジを倒した後、暗かった空が明るくなった。そんな晴天の下、俺達は洋館の広間に帰ってきた。


「主の討伐はどうだったかしら、逸二君。」


 水上が訊いてきた。俺は、思ったことを素直に伝える。


「みんなのおかげで主を倒せたようなもんだから、まだまだだな……。でも、これなら続けられるかもしれない。きっと使命も果たせる。」


「その意気だよ!イツジ君!」


 ミスミが笑顔で頷いた。俺は、動物が喋るという事にすっかり慣れてしまい、そのことに関して何も思わなくなってきた。


 イーテも、動物ではないものの、頭が藍色の立方体の生き物ということにも、疑問がなくなってきた。



 慣れというものが、こうも未知を緩和させるなんて思いもしなかった。



「でも逸二君。これで終わりではないわ。主を倒したとはいえ、まだ使命を果たしたわけではないの。」


「……それって、どういうことなんだ?」


 確かに主は倒した。使命は果たしたようなものだが、どうやらまだ終わっていないらしい。

 俺は、水上の言葉を待った。


「最終的な目標は、自分自身の主に勝つことよ。」


「自分自身の……?」


 疑問が浮かぶ中、言葉を続けるのはミスミの方だった。


「そう。使命を果たすための最後の主は、決まって自分自身の胸懐きょうかいを写した主なんだ。」


「……待って待って、そもそも主ってなんなんだ?」


 ミスミが苦い顔をする。


「よくわかってないけど、放っておくと増えていっちゃうから危険なんだ。これも研究中でさ、データや情報があんまり集まってないんだよね〜……」


 申し訳なさそうに、頬を指で掻く。俺は眉を顰めた。


 知ろうとしたら、次から次へと疑問が湧き出てくる。

 ダメだ。これ以上考えると、頭がパンクしそうだ。




「今日の仕事はこれで終わりかい?」


「うん、もう主の反応は無さそうだよ。」


 イーテの質問に、ミスミが答えた。ふと疑問が湧いて、思わず口を開ける。


「明日もあるのか?」


「ええ。基本的に毎日あるわ。」


「ま、毎日……」


 その言葉に、驚きが隠しきれずに顔に出る。そんな俺をよそに、水上は人差し指を立てて言葉を続ける。


「嫌なら一日置きでも問題ないわ。でも重要なのは、ここに来ること。この空間は夜にしか来れないから、それに留意してちょうだい。」


「な、なるほど。」


 ここは夜にしか来れないのか。


 朝や昼、夕方には来れない。



「となると、睡眠はどうすればいいんだ?」



 生き物として、睡眠は欠かせない生活のひとつだ。夜にしか来れないなら、学校がある日に、寝不足は確定だ。


 俺の心配を察したミスミが、両手を腰に据える。


「それに関しては問題ナシ!ボクの研究によると、ここで過ごした時間と、元いた場所の時間に、相違が見られるんだよね。

 ここは、どんなにいても、なんなら百年いたって、元いた場所は一秒も経ってないんだ。」


「……ホントに異空間なんだな。」


 ミスミは、耳をピンと立たせる。


「異空間だよ!研究しても、まだまだ未知が溢れ出てくる!」


 白衣を着た動物は、興奮するように尻尾を振る。とても嬉しそうに見える。俺と真逆だ。


「好奇心旺盛なんだな。」


「これでも研究者の端くれだもん。伊達に白衣を着てるわけじゃないんだよ?」


 どうやら本物の研究者らしい。白衣を着ていたからまさかとは思ったが、本当にその通りなのか。



「さて」



 水上が手を叩いて視線を集める。


「もう主の反応は無くなったわ。各自、部屋に帰るなりなんなり自由にしても構わないわ。でもちゃんと睡眠はとるように。」


「では、かいさーん!」


 最後にミスミが一言放った。


 イーテが、手を軽く上げて皆に振りながら、後ろ向きに歩く。


「じゃ、僕はこれで。次の夜でまた会おう、みんな。」


「ええ。」


「またね〜」


 階段を上がっていくイーテに手を振る二人を見て、俺もそれに倣う。


 俺に頷いたイーテは階段を上り切った後、二階の扉へ消えていった。



 *



「逸二君はどうするのかしら。」


 水上が疑問を投げかけた。


 どうするもこうするも、まだ頭の整理がついていない。慣れたとはいえ、この非現実的な状況を完全に理解したわけではない。


「……もう部屋に戻るよ。」


「そう。」


 水上は淡白に返すと、腕を組んだ。俺を見つめて、ふと何かを思い出したように、あ、と漏らす。


「元の場所に戻ったら、くれぐれもこの場所のことを話さないようにしてちょうだい。変な人だと思われるわよ。」


「……だろうな。言うわけないよ。」


 こんな話、信じる方がおかしいだろ。




 シャンデリアが照らす広間。俺はそれを見渡す。


 突然訪れたこの空間。父からの手紙。未知な生き物。告げられた使命。

 俺は、死んだ父に会うために、使命を果たすことになった。



 自分自身の主を倒す。



 未だこのことについてよくわからないが、次の夜で水上やミスミに聞けばいいだろう。


 今は、休息が欲しい。



 床に置いてある父の手紙を手に取る。ポケットに入れると、自分の部屋に通じる扉へ歩いた。

 木製の、懐かしい匂いがする扉。ドアノブに手をかけて、振り向く。


「おやすみ。水上さん、ミスミさん。」


「お疲れ様、逸二君。おやすみなさい。」


「うん!お疲れ〜、イツジ君!」


 二人から言葉を受け、頷いたと同時に笑みが零れる。そしてすぐ、俺は広間を後にした。

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