-3- 使命
靴を履くと、三人とともに厳かな玄関を抜ける。すると、見たことがあるような住宅街に出た。
空は暗く、まるで夜だったが、月がどこにもない。光源となるものが街頭しかないが、役割を果たしていない。
しかしながら何故か周囲は明るく、暗闇で視界が遮られることはなかった。
ふいに、紫色の一筋の閃光が空を駆け回る。
そしてすぐ止まったかと思うと、そのままゆっくりと下降していく。意外と距離は近いように見えた。
「あそこね。」
水上が呟いた。
俺以外の三人は、あれに向かって走る。俺も、遅れないように走った。
*
「おい……ここって……」
見たことがある。
近所にある会館だった。
確か、ピアノのコンサートが近々開催されるはずの会館だ。
俺は今、現実とは違う別の異空間にいるはずだ。
なのに、なぜ現実にあるものがここにあるんだ?
「どういうことなんだよ……」
思わず零した疑問がミスミの耳に入ったのか、こっちを見て首を傾げる。
「どういうことって??」
「だってあれ!!」
俺は会館を指す。
「近所にある会館だぞ!ここって現実とは違うところじゃないのかよ!」
「う〜ん……やっぱりそうなんだ……」
苦笑いで何かに納得する動物。やっぱり、の意味が聞きたくて、口から言葉が飛び出る。
「やっぱりってなんだ……!?」
「えっとねぇ、この場所は……ボク達の住んでいるところの別次元、っていうのかな。後で詳しく説明するよ。まずは
言い終えて、ミスミは会館に目をやる。俺もそこに顔を向けると、会館の上で紫色の光の形が変わっていく。
それはとある形状に成っていく。
風が少し荒れると共にあの光が消え、具体的な形が見えるようになる。すると、
人間には似ても似つかない、骨のように細く白い体。
そこから生える四本の腕。五本ではなく、七本くらいあるだろう指。
まさにモンスターだ。
そいつの表情を見ようとすると、とあるものが遮って……というよりそれ自体が顔になっていて、わからなかった。
それは、ピアノの鍵盤だった。
蛇のように首にまとわりつくもの。足先や手首に巻かれたもの。全てピアノの鍵盤だ。
そしてもうひとつ、異彩を放つものがあった。
そいつの後ろにあった、円形で橙色の核のようなものが、複数の鍵盤で隠すように浮いている。
それを携える化け物。
見ただけでわかる。
話し合いで解決できるようなやつじゃない。
「来るわよ!」
水上のその声を皮切りに、どこからともなく白い小さな化け物が現れる。
水上は、そいつらにではなく、主に向かって刀を構える。
「逸二君!アナタは小さい方をお願いするわ!」
「わ、わかった!」
状況を理解するのに時間がかかったが、わかってしまえばあとは簡単だろう。きっと、こいつらを倒せ、ということだ。
俺は持っていた金属バットを握りしめると、小さい奴らを見据えた。
……なんだかこれを持っていると、勇気が湧いてくるような感覚がした。
水上はミスミに顔を向ける。
「神澄!私のアシストをお願い!」
「りょ〜かい!」
二人は、共に主へ向かって走る。
「背中は任せろ。」
「イ、イーテ……さん!」
二つの立方体を宙に従えたイーテは、俺の背と自身の背が向き合うように立っていた。
その頭の立方体が俺に振り返る。
「イーテでいい。危なくなったらいつでも呼んでくれよ。さ、気を引き締めて!」
その一言で、戦いが始まった。
*
「やああぁ!!」
両手で強く握った金属バットで、小さい化け物を殴った。続いて、もう一度。今度は力いっぱいに振りかぶって殴る。
殴った部分が凹むように変形して、地面に倒れた。忽ち、光になって微塵もなく消えていく。
これで倒せたということだろう。
続けて、バットで次々殴る。一心不乱に、近寄りヤツらを全員吹っ飛ばす勢いで。
しかし、不思議だ。
力任せにバットを振り回しているのに、疲労といったものは全く感じない。呼吸も乱れない。
意外といけるかもしれない。
「おらあぁ!!」
会心の一撃だ。
手応えのあったそれは、小さい化け物を高く打ち上がらせる。そのまま、そいつは空中で光の塵になった。
次々と押し寄せてくる化け物。逃げ場のない状況だったが、力の差が圧倒的で負けるようなことは絶対にないだろうと思った。
「これが最後の波だ。終わらせたら、二人の加勢に向かうぞ!」
背を預けているイーテから伝えられた。とは言いつつも、化け物の群れが収まる気配はまだないように見えるが。
だが、この変な空間は俺よりイーテの方が詳しい。きっと、もう少しで小さい化け物が片付くことがわかっているのだろう。
「わかりました!」
俺は肯定して、それを信じた。
またバットを振り回す。
壊れるどころか折れる様子もないバット。何回も、何回も化け物を吹っ飛ばしていく。光の塵に変えさせていく。
もうどれぐらいやったかもわからなくなった頃、遂に最後の一匹を光の塵にさせた。
さすがに、少しだけ疲労を感じてきた。
イーテの方に振り向くと、二つの立方体を操って化け物を蹴散らしていた。
「イーテ、こっちは終わりました!」
「お、早いねえ。俺も負けていられないな。」
余裕のある口ぶりで放つと、操っている二つの立方体を合体させて直方体を作る。正方形を敵の方に向けると、鋭い機械音と共に何かが放たれた。
着弾すると、大爆発を起こす。
地面が抉れる程の爆発力。それを受けた化け物達は、漏れなく光に変わっていった。
「す、すげぇ……」
「ありがと。」
羨望と少しの恐怖を抱く。
あんな大技のようなものを繰り出せるようになれる想像力が、俺にあるのだろうか。
「さ、二人の加勢に向かうよ。……と、その前に……邪魔者はいなくなったし、ちょっと雑談でもしようか。」
「えぇ!!?」
イーテの突飛な発言に、思わず大きく口を開けて驚いた。その人に表情はないが、もしあったなら今ニヤケているだろう。
イーテは、主と戦っている二人、水上とミスミを指さす。
「実はあの二人、使命は果たしたはずなのに、長いこと
粋に問いかけてきた。
使命。すなわち、水上とミスミは、会いたい人に会えたわけだ。
なのに、ここに留まっている。
ふと、とある疑問が思考を遮る。
「え、待ってください。使命は、果たしさえすればもう戦わなくていいんですか?」
「んん、いや、果たそうが果たさまいが、いつでも使命をやめて普通の生活に戻れるはずだね。ミッちゃんがそう言ってた気がする。」
「……ミッちゃん?」
「
ミッちゃんはいいとして、なんだかとんでもないことを聞いた気がする。
果たさなくてもいい使命って、使命なのか?
「……それって使命って言えますかね……」
思ったことを率直に言うと、イーテは顎らへんに手を添える。
「でも聞いた話だと、果たさなかったら絶対に後悔するんだとよ。まぁそんなの、またとないチャンスを自ら踏みにじるようなモンだからな。
戦うバケモノは、皆で力を合わせれば楽勝だし、死者に一度だけ会えるなんてさぁ、果たさないほうがおかしいと思ってるよ、俺は。」
イーテは、そう思っているようだ。
俺はどうだろう。確かに、小さな化け物を倒すぐらいなら全然大丈夫だ。ここに来てから数時間も経っていないのに、傷一つすら無い。
もしかしたら簡単なのは最初だけで、徐々に強くなってくるのだろうか。
そういった不安が胸の中で渦巻き、覚悟が揺らいでしまう。
「これだけ訊いておきたくてね、イツジ君。」
「……な、何ですか?」
「どんな困難があっても、君は使命を果たすつもりかい?」
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