-2- 理由と理屈


「水上君から聞いたよ!イツジサイゴ君だね?」


「…………はい……」


 理解できない。あっけらかんとしてしまう。



 動物が喋っている?それも、二足歩行!?



 そんな俺の心境を汲み取ったのか、ミスミという動物の隣にいた水上が、俺に落ち着き払った様子で話しかけてくる。


「逸二君、まずは慣れることが重要よ。この程度で驚いては、この先が不安でならないわ。」


「これより……規格外な生き物が……?」


 思わず頭を抱える。


 対照的に、水上は淡々と『規格外な生き物』の例を、指で数えながら口に出す。


「竜、ロボット、猫、頭が四角くなっている人とかね。」


「嘘だろ?」



 固定概念が混乱する。



 こんなのに慣れるわけがないだろう。


 意味不明に苛まれ、意識が掻き乱される感覚がした。


「逸二君。」


 唐突な水上の声に、ゆっくり顔を上げる。その表情は、優しい棘を潜ませて微笑んでいた。


「私ができるだけサポートするわ。……アナタは一人ではないでしょう?」




 単純なことを忘れていた。


 その不器用な微笑が、俺に手を伸ばした。




 一人でこの状況に陥っていれば、気が動転してたかもしれない。が、水上がいてくれている。


 知人がいるだけで、こんなに違うものなのか。


「……」


 俺は、水上の言葉を噛み締めるように頷く。強ばった緊張やらが、徐々に解けてきた。


「じゃあ〜、そろそろ話をしていいかなぁ?」


 ミスミが控えめに訊いてきた。


「……あぁ。」



 *



「それじゃあイツジ君!なにか聞きたいことは?」


「……ありすぎて何から聞けばいいか分からない。」


「ん〜、じゃあ、ここの説明からしよっか!」


 やっぱり、動物が喋っていることに違和感を拭いきれない。水上のお陰でだいぶマシになったが。


 天真爛漫なその動物は、笑顔で俺に語る。


「ここは、とある事を経験した人しか来れない場所なんだ。思い出させるようで悪いけど、身近な人とかが死んじゃった、もしくは死んじゃっていると来れるところ。例外もあるみたいだけど。

 ……と、まあ、ここに関してはこれくらいしかまだ分かってないんだよね。ただ今研究中なんだ!」


「……身近な人……」


 俺の場合、父親の事だろう。


 ということは、水上もミスミも身近な人が死んでしまっているのだろうか。水上はともかく、ミスミが本当によく分からないが。


「あと、私から言っておきたいことがあるわ。逸二君。」


 再び淡白な口ぶりになった水上。前に出て、俺の目を見据える。


「この場所に来ると、ある使命を課されるわ。『アルジ』と呼ばれる化け物を倒さなければならないの。」


「……な、なるほど。」


 だんだんと慣れてきた気がする。うんうんと頷くと、水上は続ける。


「その化け物を倒すために、アナタは武器を手にする必要がある。」


 水上は前に手を出すと、手のひらを広げた。その上で何かが光ると、そこにいつの間にか刀が乗っていた。

 刀を持って、刃を俺に見せる。


「武器の生成方法は念じるだけよ。自分の合った武器が出てくるわ。」


「す、すごいな……」


「じゃあ早速、イツジ君も試してみようか!」


 ミスミが促した。


 俺は、水上と同じように手のひらを前に出して念じる。正直なところ、念じるということすらよく分からない。


 すると、思った以上に光が手のひらに収束する。ふいに重みを感じた。それを掴むと、光は形を成していく。


 それは……




「金属バット……?」




 つややかな黄土色。変に馴染むそれをまじまじと見つめる。この形状はどう見ても、どう考えても金属バットだ。


「予想外ね。」


 水上が顎に手を据える。もう片方の手は、金属バットをノックするように中指の関節で叩いた。

 案の定、乾いた金属音が空気を揺らした。


 これで、アルジ、というやつを倒すんだな。



 ふと、それで疑問が生まれた。金属バットから水上へ視線を移して、口を切る。


「どうして、アルジという化け物を倒さないといけないんだ?」


「……」


 水上は答えない。が、唇を噛むような仕草をしたあと、下を向いていた目が俺を見た。



「主を倒し続ければ、死んでしまった人と、一度だけ、会うができるわ。」



 死んだ人と……会える?


 それって、父さんに会えるってことか?



 その疑問が、まるで聞こえてたかのようにミスミが言う。


「そう、つまるところ、これはチャンスなんだ。」


 そう言いつつ、苦笑いで頬を掻きながら訂正する。


「いや、チャンスっていう言い方は少し違うかな……。まあともかく、その資格を得た人は、死んだ人と会ったり会話もできるようになる。一度だけ、ね。

 ……逸二君も、何か言いたかったこととか、積もる話とかあるんじゃないかな。」


「……本当なのか?」



 死んだ人と会えるなんて、本当に出来るのか?



 この問いは、好奇心によるものではない。


 ただ、嘘偽りのない純粋な答えが欲しかった。



 ミスミは、太い尻尾を振りながら満面の笑みで頷く。


「もちろん!……と、いっても……」


 しかし、すぐに耳を畳み、その笑みが壊れる。代わりに表れたのは、心苦しそうな表情だった。


「ムリに主を倒せとは言わないよ。その戦いは、常に死と隣り合わせなんだ。命を落としかねない、かなり危険な使命だし、実際に死んじゃった人もいる。

 ……それでも逸二君は、その使命を背負う覚悟はある?」



 正直、ミスミは天真爛漫で自由人と思っていたが、意外としっかり者のようだ。

 俺に正しい選択を選ばせようとしている。俺にとっての正解を、神澄は導いている。



 そんなの、決まっている。



「……ある。父さんに会えるなら……やってやる。」


「……それがアナタの答えね。」


 俺は水上に向かって、肯定するように頷く。



 ふいに、扉の開く音が上から聞こえた。この広間の二階からだった。



 俺も他の二人も、二階に続く階段に目を向けた。

 革靴の足音とともに、そこを降りてくる人。その人を見た瞬間、息を呑んだ。



「おや、新人さんかい?」



 人間の頭部に当たる部分が、藍色の立方体でできていた。首から下は普通の人間らしい形はしている。ミスミのように、尻尾や動物らしい耳は生えていないようだった。


 茶色いコートを着こなした様子のその人は、透き通った爽やかな男性の声でこっちに質問を投げた。


「……は、はい……。」


 新人、という言葉に頷いた。階段にいる人は、ほお、と漏らしながら手すりに寄りかかった。俺を見ているのか、こっちに体を向けて頬杖をつく。


「自己紹介だね。僕はイーテというんだ。よろしくね。」


「お、俺は、逸二斎伍です!よろしくお願いします……!」


 思わず敬語になってしまった。


 頭が正方形の生き物なんて、どういうことなんだ。絶えない疑問で頭がいっぱいになった時、ガラスが割れるような音がした。


 その音はこの広間の全体に広がった。聞き逃す方が難しい程に鋭かったそれに、俺達は目を向けた。



「来たわね。」



 水上が呟いた。


 音の正体は、玄関の頭上にあるステンドグラスからだった。ピアノの描かれたステンドグラスが、金槌で叩かれたように中央から罅が拡がっていた。



「ちょうどいいわね。逸二君に、主とは何なのかを見せましょう。神澄もイーテも手伝ってくれないかしら?」


「もちろん!」


「女の子の頼みは断れないよ。」



 二人が引き受けると、水上は頷いた。そして、俺に振り向く。


「着いてきて。今から主を討伐するわ。」



 次に水上が顔を向けたのは、厳かな装飾が施された玄関の扉だった。

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