行間

 ミロ・バレシュは、道ヶ森成月が自らの微塵もそうは思っていない父親ジョージ・バレシュの毒牙にかかったことに気づいた時、とっさにその言葉を叫んでいた。

 五十年ほど前、彼女のもとを訪れた一人の男がいた。その男の名は漠然としか覚えていないが、しかし、彼が持っていた古びた巻物の内容は、鮮烈に彼女の脳裡に焼き付いていたのである。

 その彼もまた、彼女をここから連れ出そうとした人物だった。はじめのうち、彼女はその男に異常なまでの警戒感を示していた。しかし、隠れて話をするうちに、だんだんと彼の真摯な思いが伝わったのか、彼女も打ち解けていったのである。日夜脱出経路を探る男に対し、彼女はささやかな援助をするようになった。料理を作ったり、眠る場所を提供したり、といった類のことだったが、男は大変それに感謝し、お礼と称して彼女にいくつかの持ち物を見せたのである。

 その一つが、全く古い時代のものであるにも関わらず、一切の劣化をしていない一巻きの巻物であった。題して《カルナマゴスの遺言》というそれは、過去、未来についての膨大な量の記述、そして、時を司る神クァチル・ウタウスについて詳細に書き記した現存する唯一の資料だった。

 彼女はそれを興味深く読んだ。男は、彼女がその巻物に記された言語を読めることに驚いたようだったが、彼女にそのことを深く問い詰めるようなことはしなかった。

 かくして、彼女はその巻物を熱心に読み込み、成月が《BOOK OF EIBON》の破かれたページを読んでそうしたように、いくつかの呪文を習得したのである。

 その多くは、クァチル・ウタウスに関するものだった。

 そして、その過程で、彼女は次のような、書籍とすれば実に十二ページにも渡り記述された、『禁じられた言葉』について探り当てたのである。


 <警告しておくが、次に記す言葉を安易に発するべきではない。

  この言葉を唱えたが最後、かの神は読んでいるものの上に降臨し、遠大な時の加速に巻き込まれた愚かなものは、神の小さな足跡を刻み込まれ灰へと帰るだろう。

  かの神と契約を結んだものの近くで、次の言葉が唱えられれば、かの神はその契約者のもとに即座に君臨し、加護を剥奪し、そしてまたその元契約者も塵へ帰るだろう。

  次に記す言葉は、ありとあらゆる人間が、声に出して読むべきではないものである。

  


  exklopios Quachil Uttaus>


 そして、この言葉がジョージ・バレシュに抱きついたミロから発せられると、かのクァチル・ウタウスは灰色の光の柱を通じて、ジョージの上に降臨した。

「な、ぜ、お、ま、え、が」

 その言葉を知っている、とジョージは続けようとして、しかしその言葉は紡がれることは永遠になかった。そこに残ったのは、一塊の塵と、二つのくぼみだけであった。

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