第19話 春の終わり


 暖かい風が草木を撫で、優しい音と共に木漏れ日が踊る。

 木々は日の光を浴び嬉しそうに揺れ、それに釣られるように小鳥が唄う。


 こんな木陰で寝そべるこの時間は、一日の中でも特に好きな時間だ。この森は魔物も少ないから、安心して休むことができる。


「・・・・・・。」


 丸くなった私に寄りかかっていた私の主は、今まで私を撫でていた片手を不意に止めた。主は本を読んでいる筈だから、きっと気になるものを見つけたんだろう。

 ・・・撫でてくれないのは不満だが、私は主に仕える身。尊敬する主の邪魔などもってのほかだ。



 パタパタパタ・・・・



 と、そんなことを思っていたロアだったが、・・・尻尾の方は素直だったようだ。今まで嬉しそうに左右に振られていた尻尾が、無意識に主の頭を叩く。


「ごめんロア・・・、ちょっとだけ待ってくれ。」

「クゥ? ワンワン。」(? 主様、邪魔、しない。傍、居るだけ、十分。)



 バタバタバタバタバタ・・・・・



「・・・いやでも尻尾が・・・・・。・・・あ。」


 ユルは察しが着いたようだ。ロアの我慢も見え見えなので、少し笑ってしまう。

(最近できてなかったしな・・・。丁度いいし、アレやるか)

 ユルはパタンと本を閉じると、おもむろに魔法鞄マジックバッグの中から大きめのくしを取り出した。


「ワン?」(主様、本、いいの?)

「ちょっと待ってろ。」


 ユルはそう言って一歩離れると、私の毛並みをシュッと櫛で一撫でした。


「クゥーーン・・・」(・・・主様。・・気持ちいい。)


 ーーその気持ちの良さに思わず唸ってしまう。


 『主の邪魔をしちゃいけない』。

 そんな使命感を持つロアだったが、・・やはり本能には抗えず、結局ユルの世話になってしまうのだった。




 ーー主は不思議だ。


 最強の竜種、その頂点にいるはずなのに、驕るどころか自分の能力をほとんど使わない。「使い方が分からない」なんて言ってるけど、『ことわりの種族』である主が自分の能力の使い方を知らないなんて、あるはずがない。

 主は前に、自分から見れば取るに足らないような聖獣『影狼』の私に、「対等に接したい」なんて言ったこともあった。だから多分、私にレベルを合わせようとして、あえて能力を使ってないんだ。


 ・・・そんな考え方は、伝説と恐れられる種族にはあるまじきことだ。・・・だけど、私はそんな優しい主が大好きだった。



「クゥ――ン・・・・・」(・・・主様。・・大好き。)



 ーー因みに、かく言うロアも立派な聖獣。誇り高き種族・・・であるはずだが、今のロアの姿にはそんな威厳は微塵もなかった。



「・・・・・ああ。ありがとう。」



 私の『大好き』の一言に、主は遠い目をしてそう応える。今はその声も心地よくて、私は何も考えたくなくなってしまう。


 ・・・撫でるようにお腹をブラッシングする主の優しい手つきは今日も絶好調で、私はその微睡みに浸るのだった。



====================



 日の傾く頃、一人と一匹は森の中を歩いていた。夕飯用の食材調達の帰りである。


 両者とも身軽な恰好ではあるが、収獲を全部魔法鞄マジックバッグに詰め込んだからであって、決して採っていない訳ではない。

 そんなわけで軽装のまま、いつものように食糧調達を終えた俺たちは道・・・と言っても獣道だが、そこを三十分ほど歩いていた。


「もうこんな時期か・・・」

「ワン。」(日、長い。)


 ・・・この世界にも、季節という概念は存在する。二年間も同じ日々を過ごしていると、日が落ちる時間の変化も段々と肌で感じられるようになってくる。

 今日もまた、一段と早く傾く夕日を横目にのんびりと生暖かい風に吹かれていたが・・・。


「・・・ワン!」(主様!)


 突然ロアが、一点に向かって吠え始めた。その方向は・・・・・


「ワンワン!!」(主様。家の方、人間、居る。)

「家の方か・・・・・って『人間』!? 確かなのか?」


 立ち止まって、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 そんな俺に、ロアは鼻をクンクンとさせながら答える。


「ワンワン。」(人間、におい、特殊。確か。)

「・・・・・。」

「クゥ? ワン!」(主様? 私、行く?)


 ・・・考え込む俺の顔を覗き込むように、ロアはそんな提案をしてきた。

 どうやらロアは俺を心配して、自分一人でその人たちを追い払おうとしているようだ。


「・・・いいや、俺も行く。」

「ワン!」(分かった。乗って。)


 まあ、もちろん行かせる選択肢はない。ロアはそれに応えるように姿勢を低くする。

 ユルは影狼の大きな背中に勢いよく飛び乗った。同時に内股で身体を固定し、万全の態勢をとる。


「ワン!」(しっかり、掴まって。)



ーーーーザッ、・・・ドンッ!!



 ロアは地を抉るように一気に加速して、大きな森を駆け抜けた。風を切って進む先は山の向こう、・・・・・彼女らの帰る場所だ。

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