第20話 緊迫と予感
鬱蒼とした森の中に、黒い線が駆ける。
風のように林を突き抜け、廃墟の群がる小さな集落へたどり着いた。
いつもここは、この影狼、そしてそれに跨る幼い少女、その一匹と一人が暮らしているだけの廃村。
――――しかし、今日ばかりはそうでもない。
徐々に速度を落としながら少しして、影狼は一つの屋根に入った。
埃一つ立てない隠密能力は素晴らしいが、褒めてくれと言わんばかりに振られる尻尾がそれを帳消しにしている。
・・・そんな抜けているところが玉に瑕だが、俺には勿体ないほど頼りになる相棒なのだ。
「クゥ。」(主様、影、借りる。)
ロアは、降りた俺の背中をツンツンと鼻で押して、そう声を掛ける。
ユルからそれを頼もうといたソレを、ロアは言われずとも分かっていたようだ。ユルはそれに、頭を撫でて応えた。
――その一瞬、ユルの影がその形を濃くする。
同時に、ロアの身体の色が薄く・・・いや、身体そのものが薄くなっていく。
・・・・・影狼特有の
影狼というの名前からも分かる通り、種族を象徴する能力で、発動中はその姿が影に溶け実体が無くなり、魔力まで察知されなくなるという、正に隠密の為にあるような能力だ。
「・・・よし、行くぞ。」
一瞬不自然に歪んだ影を視界の端に移すと、パッと一方を睨んで廃屋を飛び出した。
向かう先は・・・言わずもがな、人の気配のする方向だ。
人の気配は二つ。男か女かは分からないが、かろうじて子供でないことは判別が付く。
コソコソと近づき、二百、百とその距離を詰める。
・・・近づいて気付いたが、そこの二人とも、かなり強い。もちろんシヲンほどではないが、ピリピリとした気配のようなものが、ジワリと全身を刺激する。
初めての人間との接触ということもあってか、ユルの気分は珍しく高揚していた。
(どんなやつなんだろう・・・)
話の分かる奴ならいいなぁ・・・。と、そんなことを考えながら、気づけばユルは二人の休む小屋のような廃墟の壁に背中をつけていた。
俺は壁に耳を当て、中にいる二人の声を聞く。
「んで、あったか?」
「いえ、何処にも載ってないわ。やっぱり未開の地なのかしらね・・・」
聞こえてきたのは若い男女の声。
クシャクシャと、紙を広げる音がする。
「此処がひと月前の村。そこから南に進んだのは分かってるんだけど・・・」
「いやまあ、焦る必要はない。折角一休みできる場所に着いたんだ、ゆっくり行こう。」
「食糧がないのに、そんなモタモタやってられないわ。」
『食糧』という単語に、ぐぅぅ・・・と腹の虫が鳴る。どうやら男の方のお腹が鳴ったようで、力なくバタリと倒れる音も聞こえた。
最低限の警戒心はまだ感じるが、おそらくもう限界なのだろう。
「そうだな、・・・やっぱりちょっと焦った方がいいかもしれん。」
どうしようか・・・。二人の話からして遭難しているのは確実だし、明らかお腹すいてるみたいだし、助けてあげた方がいいのか?
いやしかし、あっちがどういう人達なのか分かんないし、愚直に姿を見せるのも悪手だろうか・・・。
====================
俺が悩んでいると、不意に女が口を開けた。
「あぁあ、もうっ、じれったい! そこの子、いい加減声の一つも出しなさい!」
「えっ!!?」
バレていたとは思わなかった。驚きのあまり声を上げてしまう。
「ルーブ、出てくるのを待つんじゃなかったのか?」
「あなたの反応を見ていて・・・ちょっとね。」
考える素振りを見せながらそんなことを言う彼女『ルーブ』。
二人とも気付いていたのか。気配を消すのが甘かったか。ユルは悠長にそんなことを考えていたが、ルーブはその隙も与えてはくれない。
「デルモ。少しの間あっち向いててくれる?」
『デルモ』、おそらく男の方の名前だろう。ルーブはそう呼びかけると、すっと立ち上がってこちらを向いた。
トッ、トッ、トッ、・・・・・グサッ!!
「ひぃッ!!」
足音が近づいたかと思えば、次の瞬間には廃屋の壁を貫く右手が、俺の肌を掠める勢いで飛び出してきた。
驚きで次は軽い悲鳴を上げてしまう。・・・それがロアの引き金になったのだろう。ユルの視界の端で影が歪み、『
「ガルルル・・・・・ガヴッ!!」(主様に、攻撃。アイツ、敵!)
ロアは腕に噛み付こうと容赦ない勢いで飛び出したが、・・・すんでのところで腕を引き戻され、そのまま頭突きで壁に激突。
ドドドドド・・・・
ルーブの一撃でさえ致命的だった廃墟は、簡単に崩壊した。
壁や天井の一部が崩落し、ユルとロアは埃をかぶる。
「なっ、何が起きたんだ!?? 攻撃か!」
「こっち向かない!!」
「ふがッ!?」
――向こうの二人の場所は崩落していないようだったが、それに驚いてこちらを見ようとしたデルモが、ルーブに何かを投げつけられる様子が窺えた。
「げほっ、げほっ。」
「クゥゥ・・・」(主様、ごめんなさい。)
「大丈夫ー? 驚いたわ、まさか聖獣が出てくるなんて。」
ユル達を心配した声が聞こえるが、油断はできない。
・・・崩壊した廃墟の瓦礫の上で足をするようにして、安定した地面を探る。
「ガルルルル・・・・。」(主様、私、やる。)
煤汚れたロアが、反省してるのかしてないのか、毛を逆立ててやる気まんまんになっている。
「ルーブ? すごい殺気を感じるんだが・・・」
「まだ待って、話が余計ややこしくなるの。」
(話? あっちにも戦う気はないのか?)
――確かに、そう考えてみればルーブの警戒心はデルモほど強くはない。・・・というより、こっちを敵だと思っていないような気もする。
・・・そんなユルの思考を見透かしたようなタイミングで、ルーブは両手を上げ降参のポーズをとった。
「そうよね。ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったの。私としてはあなた達を敵にしたくない。」
「グルルル・・・」(嘘。主様、避けなきゃ、さっきの、当たってた。)
「子供に成りすます魔物なんて沢山いるのよ。さっきのは確認。」
「ガヴッ!」(嘘!)
ロアはルーブのことを敵だと認識している。彼女の話に聞く耳を持ってない。
「はぁ、・・・あなた達の信頼を得るには、どうしたらいいかしら?」
ルーブも、そんなロアとの会話は無駄だと感じたのか、今度はユルへ話を振ってきた。
「・・・ルーブさん・・・でしたか。とりあえず、聞きたいことがいくつか・・・。」
「あら、思った以上に話が通じそうな子でよかったわ。・・・それなら、わたしからも少し質問、いいかしら?」
良かった。彼女の言葉を鵜呑みにする訳ではないが、そこまで警戒する人でもなさそうだ。・・・話も通じる人っぽいし。
もしもの為にと身体に流していた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます