第12話 魔渦の洞窟
淡い水色にぼんやり光る壁に手を当て、静かに暗闇の奥を眺めて岩にもたれ掛かる、一人の女の子。
・・・・ーーここは、どこだ?
平たく言えばここは村の近くにある、とある洞窟。異常な魔素流で充満されていることを除けば、手つかずの魔鉱石が多く残る、ごく普通の洞窟である。
・・・しかし、もちろん彼女の求めている答えはそれではない。
おぼつかない足取りで先へ先へと向かうと、やがて少女は四方八方に道がつづく大きな空洞に辿り着いた。
ーー少女はその光景を見るやいなや、眩暈で態勢を崩しかけてしまうが、咄嗟に左腕で岩を掴み身体を支え、何とか踏ん張ってその場を持ちこたえる。
・・・ーーまた、ここか・・・。
頭に手を当て、落胆にガックリと肩を落とす。
初めて見れば光り輝くこの場所はとても幻想的で美しく映るが、こう何度も見返しているとその眩しさも、まるで自分を嘲笑っているかのように感じられてしまう。
三回目ほどになってくると行き場のない殺意をこの洞窟に覚えたが、六回目頃からは怒りすらも起きずただ萎えるだけになっていく。
・・・ただ、だからといって膝を落とす訳にもいなかい。少女にはやらなければならないことがあったから・・・・
「・・・・・早く・・・・シヲン・・さんに・・・・」
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時は、今から数時間前に遡る。
それはユルとシヲンが洞窟に入ってまもなくの頃。
二人は緊張もほどほどに、前へ前へと歩を進めていた。
その状況にも少しづつ余裕が見え始めると、周囲の警戒をしつつ、この手付かずの自然が多く残る洞窟ならではの鉱石や植物、ときには動物や魔物なんかも観察できるほどの余力が生まれた。
・・・と言うか、ぼんやりと淡く光る石のようなものが洞窟にたくさんあるとはいえ、松明も無しでこんな暗い中を歩けていることにも驚きだ。
どうやら、俺やシヲンは『適応力』も呆れるほど高いようだった。
「・・・・ユル?」
シヲンは、離れたところで自分の手を開いたり閉じたりしながら見ているユルに、首を傾げながらそう呟いた。
別に何を伝えたかった訳ではない。さっき教えた『魔鉱石』、ユルがいつも以上に食いつきが良かったので、今はその鉱石を探しているのかな? ・・・・そう思っただけだ。
(またユル、・・・・私の分からないようなこと・・・・考えてる。)
暗いのでよく分からないけど、今、自身の手を見るあの瞳は、いつもユルが不思議なことを考えているときの目だった。
・・ーーそしてユルのそんな姿を見ていると、決まって私は変な気分になる。
不思議とユルとの距離が離れていくような。はたまた、風のようにふとユルが消えてしまうような。
『ユル』と『
「・・・・ユ・・ル・・・。」
・・・--無意識にそう手を伸ばそうとして、・・・・・シヲンは固まった。
ーー走馬灯のように蘇る、十数日前のあの夜の記憶。
手を伸ばしても触れることのできなかった、むせ返りそうなほどに苦しく、そして凍てつきそうなほどに寒かった、・・・・あの夜。
「・・・あ、・・あ。」
心の中の『何か』にヒビが入ったかのように。凄まじい寒気が、身体全体を襲っていた。
シヲンは口を半開きにしながら、そんな言葉にならない呻き声を漏らす。
(このままこの手を伸ばしたら・・・・今度はユルが・・・)
咄嗟にもう片方の手で、伸ばしかけていた腕を止めるように掴んだ。
だがそれと同時に思う。・・・このまま、手を伸ばしてしまってもいいのではないのかと。
このまま離れ離れになってもきっとユルなら上手くやっていけるはずだし、何より自分を殺しかけた相手など、見たくもないのではないだろうか。
ユルと離れようとする右腕と、それを阻む左手。
手を伸ばした程度で何が変わるでもない。そんなことはシヲンも十分に分かっているはずだった。
彼女を蝕むトラウマは、そう簡単に理性を表に出してはくれない。
「・・ユ・・・」
そして次にユルを見た瞬間、自分の油断に気が付いた。
視線の先のユルは、突如沈んだ地面に右足をとられ、態勢が崩れかけていたのだ。そしてそれと同時に一瞬、自分の身体が軽くなる。
(しまっ)
ユルの頭上には・・・・洞窟の天井から落ちた、大きな鉱石の塊があった。
何者かによる罠トラップなのか、自然に起きたことなのか、・・・・・いや、悠長にそんなことを考えている暇は無い。
・・・・ガガッ!
そうシヲンは現状の整理を放棄し、その場から水平に跳躍する。・・・否、しようとした。
両足は地面スレスレで浮いている状態だったものの、蹴ること自体はできていた。・・・・が、しかし、その脚力で吹っ飛んだのは、シヲンではなく地面そのものだったのだ。
(ぐっ!? で、でも・・・)
勢いのない跳躍で宙に浮く。不完全だった影響で少し体勢も崩してしまうシヲンだったが、しかしそれでもユルとの距離を詰めることはできた。
まだ現状が掴めず、驚くことすらできていないユルの手を何とか掴むと、力任せに引っ張る。
一瞬にしてユルとシヲンの位置が逆になると、そこでユルはやっと、我が身に降りかかろうとしていた危険に気付いた。
・・・・同時に、シヲンが自分の身代わりになっていることを察す。
ーーーが、時すでに遅し。
ドドドドドドドド・・・・・
「シヲンさんッッ!!」
洞窟では、大きな地響きと共に大規模な落盤が発生。
私が蹴ったのが原因か、ユルは落盤と共に生じた大穴に吸い込まれるようにして落ちて行く。
落下していくと同時に放った断末魔のような叫びは、耳の割れるような落盤の轟音よりも強烈に、シヲンの脳に響いていた。
(ユルの安否は分からないけど、・・・あの子は頑丈だ。・・・こんな落下程度で・・死なない・・・。)
目を細めながら、シヲンはそんなことを考える。当たり所が悪かったのか、シヲンの意識は朦朧としていた。
「・・・・ダメ・・・・だ・・・・。」
少女はユルの落ちていった穴を見つめながら、・・・・ゆっくりとその目を閉じていくのだった。
====================
「・・・ん、んん。・・・・いた・・い・・・?」
シヲンはスッと目を開ける。同時に、身体から徐々に力が抜けるような違和感を感じた。
「ここは・・・洞窟・・? ・・・・っあ!」
そう呟いた自身の言葉をヒントに、ハッと今までの事を思い出した。
(そうだ、私はユルを助けようとして・・・・失敗して。ユルは落ちちゃって・・・)
当のシヲンは、ユルの身代わりにこの大岩の下敷きになってしまった。尖った魔鉱石に右脚と左脇腹を刺され、ドクドクと鮮血を流している。
その姿は見るからに弱々しいがしかし、シヲン自身知る由もないが普通の人間なら本来落盤で潰れているはずなので、これだけでもシヲンの相当なタフさが窺える。
「・・・んっ!・・・・はぁ、だめ・・・。」
ユルの元へ行きたいのに、抜け出すどころか何も刺さっていない両手や左足を動かすことすら困難な状態。
それでもめげずにもがいてみるも、腹ばいという体勢な上、潰され脇腹に怪我を負っている今の状態では、出せる力も出ない。
(せめて魔法が使えれば・・・)
破壊・・・は危険だが、土魔法で地形を変えさえすれば、簡単にここを抜け出せる。
しかし、落盤が原因なのか洞窟の魔素は最初の時よりも酷く荒れており、いくら魔力を放出しようとも片っ端から流されていってしまう。
・・・それどころか、この異常な魔力の流れの影響で、少なくはあるものの自身の身体からは少しずつ魔力が漏れ出していた。
ーーー生命力にも等しい魔力マナが段々と減っていくということがどれほど恐ろしいことなのか。曲がりなりにもシヲンははっきりとその危機を感じていた。
(ユルでも・・・・持たない・・・)
シヲンからすれば小さな減少も、はたから見れば大きな減少である。竜とはいえ、まだまだ幼いユルにとって、この環境は相当に過酷なものの筈だ。
「早く・・・・助けに・・・行かなきゃ・・」
そう呟いたのを最後に、シヲンは一気に身体に力を込める。
ドドドドドドドド・・・・・
・・・同時に響いたのは、洞窟全体に反響する地響き。
そしてその音は、段々と歪な音に変化していた。
バキッ・・・バキバキバキ!!!
徐々に大きくなっていく地響きが、シヲンの上に覆い被さっていた大岩に大きな亀裂を入れ始める。
「ぅぅ、ぁぁ、ぁぁぁぁ!!」
歯を食いしばりながら小さな呻き声を漏らすシヲン。
ーー彼女は今、魔力を使わない、純粋な筋力だけでこの岩をどうにかしようとしていた。
・・・しかしその想いとは裏腹に、彼女の片脚と脇腹から流れる大量の血は勢いを増す。シヲンの失血量は優に普通の人間の致死量を軽く越えていた。
瞬間的な痛みには慣れっこだったシヲンも、持続する痛みや失血の苦しみには耐性が無い。今回に限っては、この回復能力とその慣れが仇となってしまったようだ。
(・・・・この・・・・ままじゃ・・・・・・・)
バキッ!! ドンッッ!!
苦痛に顔が歪み、手足の力も抜けかけたその時。
・・・シヲンの頭上で唐突に鳴った大きな音を皮切りに、何かが落ちるような崩壊音と衝撃が周囲を包んだ。
ーーーそれと同時に、シヲンに掛かっていた圧力がフッと消える。
「やっは・・・の?」
自分の呂律が回っていないことに気が付いていないシヲンは、そう言って立ち上がろうとする。失血のせいでおぼつかない足も気にせず、少女は歩こうとする、・・・・が。
ドタッ!
やはり無理をしても身体がそれについていける筈がなく、シヲンは顔面から思いっきり転んでしまった。
「いたっ!・・・。 あれ、なんで?」
ぶつかった鼻をおさえて涙目になるシヲン。ジンジンするこの感覚は、今まで気にも留めなかった『痛み』の感覚だった。
恐らく失血量、これが今までにないほどに危機的状態だったため、機能していなかったシヲンの本能が一時的に目を覚ました・・・・ということなのだろう。
シヲンもそのこと本能で理解しているのか、いつもよりも再生の遅い傷口に手を当てていた。
(回復を待つ時間は・・・無い。・・・一刻も早く・・ユルを・・・見つけないと)
落盤からどれほどの間気絶していたかは定かではないが、・・・自身の魔力の漏洩具合から見るに、そう短い間ではなかったはずだ。
「助け・・・なきゃ・・・・、あの子が・・・・・・死んじゃ・・・・ぅ・・・」
ユルを失いたくない一心でまた足に力を入れようとしたシヲンだったが、ジンジンとした痛みに隠れていた倦怠感や脱力感が、再び立ち上がろうとしていた彼女に襲い掛かる。
・・・もう手にも足にも、身体を動かす力はない。
頭もまたボゥーっとし始め、段々と自分が考えていたことが、視界と共に霞んできてしまう。
(・・ごめん・・ユル。・・・もう・・・・ダメ・・かも・・・・・)
そして、・・・・―自身の身体が一瞬軽くなる感覚を最期に重い瞼を落とし、少女は洞窟の中で静かな眠りに着くのだった・・・。
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