第10話 二人の始まり


 ーーー埃の舞う廃屋の中、俺はゆっくりとその身を起こした。



(・・・・ここは・・・そうか、確か廃村に・・・)



 ・・・眠い目をこする。何か違和感を感じるが、眠気が勝ってあまり考えることができない。

 それにしても、まだ疲れが取れていないのだろうか? いつもより長い時間寝ていたような気がするのに、・・・身体が異様に重い。



(・・えっと俺は・・・そうか、この子の看病をしてたんだっけ)



 ・・・ふと目線を下げると、少女が横になっていた。

 熟睡することがない上、自分より早く起き遅くに目を閉じる少女の寝顔は、かなり珍しい。



 ーーーそっと少女の頬に手を当てる。

 昨日まで火照って汗もかいていた少女の肌も、今はいつも通りのさらさらした肌に戻っている。


(あれ、こんなに柔らかかったっけ・・・?)


 いつもと違う体温や肌触りに少し驚くが、『きっと寝ぼけているのだろう』と、そう思い直す。

 ぷにぷにと少女の頬を触っていると、・・・ピクリと、ほんの一瞬だけ瞼が動く。


「・・んー・・・。」


 そんな声が彼女の口から漏れる。そしてそれから間もなくして、薄らと目が開いた。


 ーーーー刹那。



 ドンッ!!



(ッ!!?)

 少女が視界から消えていた。

 ・・・そしてそれを理解するよりも早く、俺は強く頭を打ち付けられる。同時に、後頭部には転生してから一度も感じたことのない、重い痛みが走った。


 衝撃と同時に閉じた瞳を開けると、目の前には少女の顔があった。

 ーーー何故か、初めて会った時ほどではないが、殺気も放っている。


 仰向けの俺に馬乗りのような形で乗る少女は、右手で俺の首を固定し、左手で俺の腹を捉えていた。

 そもそも殺気でまともに動けないが、『万が一動いたら魔法を撃つ』。ーーそう忠告しているようにも見える。




「・・キミ・・・ーー誰?」




 真剣な表情で、そう聞く。

 一瞬、その言葉の意味が理解できなかった俺だったが、数秒の間をおいてその言葉が脳に届いた。



(・・・へ? どういうことだ? 今までずっと一緒に旅をしてた・・・・)



 いつものように、『キュウ!』と鳴こうとした。が―・・・・




「・・・あぅ、あ!」




 ーーーー自分の口から出たのは赤ちゃんのような、言葉にならない声だった。



「う? ・・・うぁ! あ!」



 俺は一瞬にしてパニックに陥る。

 自分が発した声が、自分の知っている鳴き声でも、おそらく前世の声でもない、聞き覚えのない声だったからだ。


 喉の感覚、口の感覚。しばらくの間その感覚から遠い所にいた俺からすれば、今のそれは明らかに異質なものである。



・・・・―しかしそれも後から思えば、自身に起きた異変の一部に過ぎなかった。



 俺は慌てて口や喉に手を当てる。

 もはや自分を拘束している少女すら目に入っておらず、俺の腹を捉えた左手の忠告も、完全に頭から抜けてしまっていた。


 もちろん少女の左手も俺の手が動くと同時に力が入るが、敵意が全くなかったため戸惑い、一瞬だけ隙が生まれてしまった。

 『攻撃される!!』と、咄嗟に右手を離そうとするが、やっとそこで少女は目の前の『ソレ』の様子がおかしいことに気付いた。



 一方、当の本人はそんなこととも知らず、自分の顔をペタペタとしきりに触る。

 ・・・比べ物にならないほどに違う触感や形。首や顔、それどころか手や腕さえも、一晩前のそれではない。


 ーーー下へ下へと手を伸ばす。



 ・・・ーー小さく特徴的な形の『肩』。



 ・・・ーー妙な柔らかみと膨らみのある『胸』。



 ・・・ーー細く無駄なく、そして折れそうなほど弱々しい『腹』。



 ・・・もうそこまで来ると、自分が今どんな姿になってしまっているのかが、嫌でも把握できていた。


「・・・・キミは・・・。」




===============



 何の前触れもなく、俺は


「・・・ーーじゃあキミは、本当にあの幼竜・・?」


 一歩下がって訝しげに見つめられる。・・信じられない気持ちは十分に分かる。

 久しぶりの喉でその使い方を忘れているのか、それとも単純に声帯が発達していないだけなのか・・・。


 俺は未だ喋ることができていないため、大きく首を縦に振って肯定した。


 あれだけ自分で驚いていおいてアレだが、正直、自分自身もとは人間。人になったこと自体にそこまで違和感はなかった。

 そう、問題はそこではなかった・・・。



「・・・・女の子、・・・だったんだ・・。」



 ーーー少女の台詞に大きく項垂れる。『違う』と言えないのが、ただただ悔しい。

 廃屋の割れたガラスに反射して見える俺の身体は、正に絵に描いたような『幼女』だった。


 前世で言えば、大体小学生~中学生ほどの容姿の彼女の服ですら、少し大きく感じてしまう俺の今の姿。

 自分で言うのもあれだがとても可愛い外見な今の俺。小竜の姿もそうだが、そこら辺もう少しどうにかならないものなのだろうか・・・。


 ・・・―というか、何故『可愛いもの』なんだ・・・?


 ・・そりゃ、道端に子猫が居たら、頭を撫でたくなったりはする。可愛いものは嫌いではない。

 ---だが、道端の子猫を見て、『あぁ、あんな子猫になってみたい』なんて考えが思い浮かぶほどの狂った思考を、俺は持ち合わせてはいない。



 今一度、よくよく自分を観察してみる。

 見比べるまでもなく、今の俺と少女は肌の色や顔の形は姉妹と言っても疑われないほどに似ていた。

 ・・・彼女と明らかに違う部分。薄灰色のこの長い髪や紫色のこの瞳は、白髪に水色の瞳の少女と、灰色の鱗に緋色の瞳の小竜じぶんの色が混ざっている、・・・・ってことなのかな?


 だとすると、小竜の要素はまだしも、少女の要素が、要素どころか基盤となってしまっているのはさすがにおかしい。


(・・・そうだ。これは、この子が何かしたに違いない・・・。)


 ・・・・と、そうも思ったが、彼女が起きた時の反応からしてその可能性は薄いだろう。

 まあ身体が身体なので、全く関係が無いこともないとは思うが・・・。


「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・。」


 変わらず体育座りでこちらを見つめる少女と、無意識に女の子座りをして呆然とする俺。・・その間には居心地こそ悪くはないが、独特な空気と沈黙が生まれていた。


(・・・・頭が痛い。一気に色々と考えすぎたか?)


 俺は頭を抱え、廃屋から外に出る。

 ーーー途中、少女に何か声を掛けられたような気がしたが、・・・あいにく今は頭がオーバーヒートしていたので、脳を素通りして片耳へ抜けてしまった。



 とぼとぼと歩いていると、いつの間にか河原にまで来ていた。

 特に目的があった訳ではなく、道に沿って歩いていただけだったが・・・。


(・・・顔でも・・洗うか。)


 ふっとその場ににかがみ、小さな手を水につけた。

 肌から伝わる透き通った冷たい水は、硬い鱗で覆われていた昨日までは感じられない、新鮮で懐かしい感触だった。


 そのまま、すくった水を勢いよく顔に当てる。

 パシャパシャと顔に当たって弾ける水の飛沫。・・自分の煩悩を洗い流すかのようでとても気持ちがいい。

 肌に水が当たる感触もまた久しぶりだったので、その分爽快感や新鮮味を感じていたのかもしれない。


 ゴクゴクゴク・・・ぷはっ!


 水も美味い。竜の舌はあまり味覚を感じられなかったのだろうか? 驚くほど水が美味しく感じられる。



 清流に足を入れると、近くにあった岩に腰かけた。

 冷たい感触に足を心地よく刺激されるなか、俺は両手でパンパンと軽く頬を叩き、気持ちを覚醒させる。


(・・・・さて。そろそろ考えるか、・・・・これからの事を)


 憂鬱な気分は流せるだけ流した。後ろ向きなままでは何もできない。


 ーーーそんな気持ちの切り替えをしたところで、ふと、水面に映った自分の姿が目に入る。

 腰にまでつく、薄灰色のさらさらとした長い髪。赤紫色に光る、大きな瞳。前世では染色やカラコンなどをしないとできない色のはずなのに、何故かとても自然に見える。

 ---何より違和感があるのは、この童顔・・・いや、『幼顔』


 そういえば、よくあるファンタジー設定では、むしろ黒髪黒目の方が異色だったりすることも多い。この世界はどうなんだろうか・・・・。

 ---無いと無いで違和感があったり・・・・


(ザ・ファンタジーな外見だよな、ホント。)


 銀髪モドキの薄灰ロング。怪しげに光る赤紫の瞳。そして、元竜の幼女ロリときた。

 ゲームなら強キャラ、物語なら主要キャラは確定だろう。


 ・・・ここで『主人公』という発想が出ないくらいには、この『身体=自分』という思考基盤が確立していなかった。




 ---そう、『主人公』。それになりたいんだ、俺は。

 世界最強。ハーレム。異世界に来たならやりたいことは沢山ある。だが、そんな夢を一言で表すなら、それは『主人公』だ。


 ・・・なら、俺に足りないものはなんだ?


 戦闘能力・・技術・・知識・・目標・・エトセトラ、エトセトラ。

 四つの中で真っ先に考えなければならないのは、・・・やはり『知識』だろうか。

 戦闘や技術が必要かどうかは、自分に目標が無いと何とも言えない。だが、この世界で何ができるか分からないとその目標も立たない。


(あの子に聞けば・・・・って、喋れないんだっけ、俺。)


 喋れないってのは痛いな。コミュニケーションが取れないってのは大分問題なはずだ。

 この世界の知識に疎い俺には、地面に文字を書いて意思を伝えることもできない。


(文字がダメなら絵を描いて、・・・もしくはジェスチャーやなんかで・・・)


 ・・・いや、意思疎通に疎い彼女に、果たしてそれが通用するのか・・・?



 ・・・ーー答えは、言わずもがな。



(八方塞がりじゃねーか!)


 心の中でそう叫びながら、悶えるように頭を抱えた。

 こんなところでつまずいているとは、・・・この先のことが思いやられる。




「・・・・キミ・・・。」


「ひゃっ!!」


 背後からの突然の声に、心臓が跳ね上がる。・・思わず叫んでしまった。

 犯人はもちろん少女である。気配を消すのは彼女の癖のような物なので、悪気がある訳じゃない。しかし、何回もされているとさすがにこっちの身が持たないので、そろそろ本気でやめてほしいところではある。

 こっちのそんな心情も全く考えない少女は、おもむろに口を開いた。


「キミはまだ、何も知らない。」

「ん。」

「私はまだ、何も教えられてない。」

「ん。」

「・・だから、キミにはこれから色んな事、教えようと思う。

 ・・・・・一人でも生きていけるように・・・。」

「ん?」


 最後の言葉に少しだけ不穏な何かを感じたが、・・触れてはいけない気がするので、聞くのは止めておこう。


「・・・・―だから改めて、これからよろしく。」


 少しだけ、ほんの少しだけ彼女の表情が和らぐ。俺もそれに釣られて、少しだけはにかんだ。

 ・・・少女の笑みに少しキュンときたのは内緒だ。


「ぅん!」



 少女は何故、いきなりそんなことを言い出したのか。

 ・・・俺にはその真意が分からなかったが、少なくとも彼女が敵ではないことだけは分かっている。--ここは流れに身を任せることにした。


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