第9話 旅の終着


「ふぁぁ・・・、・・ん?」


 朝の静けさの中、少女が目覚めた。

 半目の開いた無愛想な顔は、いつもと変わらないように見えて、何となく眠そうにも見える。


「キュ!」

「・・・おは・・よう・・? ここは・・・」


 混乱しているのか辺りを見渡す少女。ここが野営地だと気付いた彼女は、ふと自身の身体を見返す。


「・・・服、・・キミが?」

「キュウ!」


 頷いて肯定。一瞬訝しげに見つめられるが、納得したのかすぐに俺の頭を撫ではじめた。


「・・・キミは本当に、頭がいい。」


 褒めてくれているのだろうか。彼女はいつもの無愛想な顔を崩して、静かに微笑んでいた。


 ・・・その顔が少しだけ悲しそうに見えるのは、俺の気のせいだろうか・・・。



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「・・・そろそろ、終わる。」


 撫でる手を止め、彼女はそんなことを言った。

 『終わる』というのは、という事だろうか。だとすると、なんだか感慨深いな。


(長かったこの旅の終着点は、一体どんなところなんだろう。)


 ---ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。

 思えばこの旅では一度も人と会っていない、・・・・というより、避けているような気がした。


 飛べるようになってから、何度か遠目に薄らと街が見えたことはあったが、進行方向に街があると決まって遠回りして避けていたり、いったん引き返していたりしていたのだ。


(・・・・となると目的地も、人のいる場所ではないのだろうか。)


 どちらにしろついていくと自分で決めたうえ、彼女は俺の事について何か知っているようなので、それが分かるまでは傍にいるつもりだ。




 昨日の残りで朝食を済ませた俺たちは、支度も手短に出発した。

 いつものペースで行けば余裕で到着できる距離らしいので、今はいつも通りの気ままな旅路である。


「・・・・。」


 いつもと同じであまり喋らない道中だが、何故か今日だけは、その場になんとも言えない空気が流れていた。

 言いたいことでもあるのか、何度か視線をこちらに当てるが、すぐに逸らしてしまう。

 そんな彼女らしくない行動に小首を傾げていた俺ではあったが、


(・・・そこまでおかしくはないの、かなぁ。)


 昨晩と今朝の事が強烈すぎて、あまり違和感は感じられなかったりもする。



 ・・・しばらくすると、意を決したのか少女が口を開いた。


「・・・そういえば、キミにまだ何処に行くのか、言ってなかった。」

「キュ!」


 話題が欲しかったのだろうか。取ってつけたかのような台詞を口にした。

 俺も丁度知りたかったことなので、乗ることにする。


「これから行くところは、とっても小さな村。」

「キュ?」

「・・・人はいない。『廃村』って言う。」


 「なんて言っても分かんないか。」と、少女は表情を緩めた。

 ・・・村に行くと言われ驚いたが、人がいないなら特別なにか心配するようなことはない。



(・・・でも、なんで廃村なんかに向かってるんだ?)



 ・・・そういえば旅の途中、一度だけ無人の集落を野営地にしたことがあった。

 ・・が、特に何をするわけでもなくそのまま発ったので、おそらくどこでもいい訳ではない筈だ。


(・・・なにかしら思い入れのある場所、・・・ってことかな?)


 そう考えていると、まるでそれに答えるかのように、少女が呟いた。


「・・・・私の、故郷。」

「・・・・・。」


 ーーー『故郷』。そのフレーズに言葉が詰まる。

 生まれ育った場所が、今は廃村になっている。そんな話をされたら、誰だって気まずくなるだろう。


「キ、キュゥ・・・・」

「・・・・キミは、・・・心配、してくれるんだ・・。・・・本当にいい子。」


 ・・・そう言って、また撫で始めた。

 相変わらず感情の読みにくい少女の言葉。だったが、何故か最後の一言だけは、何か複雑な心境が垣間見えた気がした。



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 少女はその後、この話を機転に様々な事を話しかけてきた。


 昔行ったことのある場所、そこで食べた物。自分の戦闘術や魔法の話なんかもしてくれた。

 その場で思いついたことを話すような、他愛のないお喋りだったが、珍しく次から次へと話を進める少女に、俺は少しばかり新鮮味を感じていた。


 ・・・いや、新鮮味を感じているのは少女にばかりではないのかもしれない。なにか、他人ひとと話す事自体が新鮮なことのように感じる。


 未だ俺の前世の記憶は、その大部分が酷くぼやけている。人間関係に関しても、例に漏れずあまり詳しいことは覚えていない。


(・・・せめて学生か社会人かぐらいは思い出したいな・・・・・。)


 現状の事ばかりであまり考えてこなかったが、これを機に少しづつ自分自身のことについて究明していこう。



 そんな決意をしたところで、ふと、少女は何か思い立ったかのように手を止め、少しオドオドとした様子で再び口を開いた。

 もちろん足は止めていないが、その足取りも遅くなっている。



「・・・キミ。・・私の事、どう思ってる?」



 そんなことを聞かれ、真っ先に頭に浮かんだのは、今朝言われた言葉だった。


(「・・・キミは、・・・キミはきっと、私を恨む。・・・いや、恨んでる。」)


 ・・・あれは結局何のことだったのだろうか? いや、何であったにせよ、そんなことを言うということは、そうであって欲しくない・・・・、そう思っているのではないだろうか。


 そう悟った俺は、少女の胸元に頬をすり寄せ、嫌いではないアピールをしてみせた。

 ---もちろん嘘でも気休めでもないが、微かに残っている羞恥心からか、少し抵抗があったりなかったり。


「っん、・・・・。」


 少し驚いたような素振りを見せた少女だったが、すぐにまたいつも通りにもどっていた。


(・・・ちょっと口角が上がってる・・のか?)


 ーーーいや、確かに上がっている。珍しい・・というか、初めてなんじゃないだろうか?

 それに、照れ隠しなのか彼女は、いつも以上に強く俺を抱き返していた。かなり痛い。




 少女との時間は、限りなく短く流れていった。

 撫でられたり、話しかけてきたり、ーーーもちろん、何もせずただただ歩いているだけの時間も。


 気付けば空は赤く染まり、辺りは段々と暗くなってきていた。

 少女の話では、日没までには余裕で到着する距離だと言っていたので、そろそろ見えてきてもおかしくないはずだ。


 ・・・そんなことを思っていると、案の定予想通り木々の隙間から、何やら建物のようなものがちらほらと見えて来はじめた。


「キュウ!」

「・・・ん、あそこが、終わり。」


 少し身を乗り出して柄にもなくはしゃぐ俺に、そう少女は答える。

 間もなくして俺たちは、この旅の終着点である廃村に辿り着いた。

 ・・・長いようで短いようで、やっぱり長かった旅は、その村に一歩踏み込むことで、あっさりと終わりを告げた。



「・・・キュ、キュウ・・・」


 言葉にならない感情に、低い呻きを漏らす。

 廃れた集落の人気のないその外観は、何とも言い難い寂しい感じだった。・・不思議と嬉しい気分も、スッと消えていた。





 ・・・・しばらく村の入り口に立ってぼうっとしていたが、不意に一瞬、体がグラつく。



 ーーー俺、いや、少女が身体のバランスを崩したのだ。



・・・・バタッ・・。



 引力に従って、少女は俯せに倒れる。

 ---軽いせいか土煙も立たない。静かでゆっくりとしていて、まるで当然ふつう現象ことのような『異常』。


 一瞬にして視界が真っ暗になる。少女の下敷きになってしまった俺は、急いで彼女の下から這い出ようとするが、腕の力が相変わらずなので、抜けようにも抜けられない。


 何とか力業で少女の腕から逃げると、念のため少女の腕を触り脈を測る。自分の肌が鱗なので分かりずらかったが、しっかりと脈は確認できた。

 ーーー死んでない。その事実にホッと息をついて腰を降ろす。

 少女の身体は、未だ死んでいるかのように微動だにしていないが、息だけは少し上がっている。顔も心なしか少し苦しそうに見えた。

 額には汗も滲んでいるが、身体の強い彼女が風邪をひくとは思えない。原因はほかにあるはずだ。

 ・・・とりあえず、こんな場所で横にさせたままなのもあれなので、場所を移動させることにした。


 日が沈みかける頃、今朝のように尾で少女を巻いた俺は、パッと見で一番損傷の少ない家屋に彼女を避難させた。


(これで少しは楽になるといいんだが・・・。)


 適当な布を水で濡らし、少女の額に当てる。

 ・・・しかし、安静にさせているはずの彼女の容体は、時間を追うごとに悪化していた。


 次から次へと流れ出す汗、徐々に荒くなる息。少女のそんな姿を、俺は眺める事しかできなかった・・・。


(・・・せめて、人の身体だったら・・・)


 叶わない願いなのは重々承知の上だが、『この手がもう少し長ければ』『この身体がもう少し大きければ』、そんなことばかり思い浮かんでしまい、どうしてももどかしくなってしまう。

 力も強いし、空も飛べる。そんな身体でも、もっともっとと欲しがってしまう俺は強欲なのだろうか。


(・・・そうなの・・かも・・な・・・・・。)


 ーーーいつの間にか、視界は狭くなっていた。・・・瞼は重く、意識は遠い。


 藁を敷いただけの簡易なベッド。その上で横になって眠る少女を看病していたはずの俺は、・・・いつの間にか少女の横で、静かに寝息を立てていた。


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