第8話 後悔の少女


(昨日は全く眠れなかった・・・。)


 寝ている間も無意識に周囲を警戒するため、ほとんどぐっすり眠ることのない少女。もちろん寝ること自体、数週間ほどしなくても平気な身体ではあるはずなのだが、今日に限ってはそうでもなかった。


(だるい・・・、魔力も枯渇してないのに、身体が重い・・・。)


 いつも以上に重い瞼をこじ開け、日課の鍛錬を行う。愛用している大鎌デスサイズの柄を模した棍棒のような物を、縦横無尽に振り回す。

 凄まじい速度で移動しつつ棍棒を振り回すが、その動きにいつものような『キレ』はなかった。


 昨晩の事を考えないようにと思いっきり動き回ったが、いくらやっても吹っ切れることはできない。


(あの子に・・・・、と同じことを・・・・。)


 私と同じように、辛い思いをさせてしまう・・・。



 ーーー何故だか私は、

『奴らと同じことをした』という事実よりも、

『あの子に許されないことをしてしまった』事の方が何倍も辛かった。


『仇として殺されるかもしれない』なんて心配よりも、

『あの子に恨まれるかもしれない』事の方が何倍も怖かった。



 ・・・・気付けば視界は霞んでいた。静かに動きを止め、涙を拭う。


 自分には何ができるだろうか。全てを打ち明け、素直に殺されるのがいいのだろうか。いや、そんなのは自己満足だ。あの子には何もしてあげられていない。


(なら黙って過ごす? ・・・いや、あの子にはホントの事、知る権利がある。)


 ーーー俯き、考える。幼竜に自分を重ねていたのかもしれない。少女はただ、自分と同じような思いはさせたくない一心だった。


 しばらくの間悶々としていたが、一向にいい考えは浮かばない。

 萎えてしまった少女は鍛錬をする気にもなれず、野営地に戻ろうとしたとき。

 ・・・不意にとある気配がして立ち止まった。


(幼竜あの子が、起きた?)


 今までの道中、片時も探知を怠っていなかった幼竜の気配が動いた。少し頭が上がっただけの微々たる変化だったが、たったそれだけでも彼女が幼竜の状態を把握するには十分だった。


(何を探してるんだろう?)


 朝に鍛錬をしていることはあの子も知っているから、少なくとも自分じゃない。・・・と思う。

 一応自分の気配を消しておきつつ、幼竜の視界に入らないように森の中を迂回する。


 移動している間、あの子は幾度となく気配を探っていた。

 それにしても、竜とはいえ幼いはずのあの子は、どうしてああも容易く魔力を使いこなせているのだろう。

 あの子は、種族的な事を無しにしても異常だ。幼いはずなのに、もう何年も生きているみたいに落ち着いていて頭が回る。それなのに、おかしなところで驚いたり首を傾げたりする。本当に不思議だ。

 だけど、そんなところも可愛いんだ。外見もそうだけど、頭が良いし、優しいしー・・・・



 ・・・・ーそっか。私はそんなあの子が、・・・とっても大事なんだ。



 気付けば幼竜の真後ろにいた少女は、目の前の幼竜を抱きしめていた。


「キュ!? キュウ!!」


 いきなりの事に驚いたのか大きく身体を震わせ、叫びにも似た鳴き声を発した。


「起きた・・・?」

「キュ! キュウ!!」


 何を伝えようとしているのか、幼竜は少女の腕の中でもがきながら必死に鳴き始めた。


「・・・お腹、空いたの?」


 怒っているとは微塵も考えていない少女は、それから暫くの間自分のことを無視し続ける不機嫌な幼竜に、首を傾げる事しかできなかった。



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 しばらくして、私は自分がまだ身体を洗っていないことに気が付いた。


 奴らを討つまでは気にしてすらいなかった事。・・・こんなことを気にするようになったのも、この子の影響なのかな?


「一緒に来る・・・?」


 試しにそう聞いてみた。今だほとぼりの冷めていない幼竜は、案の定そっぽを向いてしまう。

 幼竜もまた、たまに清流で身体を清めたりはするが、何故か私と一緒に来ることは嫌がる。無理やり連れて行く気はないが、いつか一緒にそういうことが出来れば良いなと思う。


「いつか・・・か。」


 ・・・・そんな『いつか』なんて、来ないだろう。


 歩きながら呟くも、同時に内心では自嘲気味にそんなことを言っていた。


 特に何事もなく川へとたどり着く。

 流れの穏やかな場所を見つけると、おもむろに服を脱いで川の中へと足を踏み入れた。


 浅瀬に座り込み川の冷たい水をすくうと、ベタベタとしていた身体に掛ける。肩や背中、腕などの汗を一通り流すと、次はその澄んだ水を頭に浴びた。

 大きな水しぶきは頭を濡らすと共に、頭の中で淀んでいた薄暗い何かを、綺麗に洗い流してくれた。


 視界や音、水の触感や冷たさまでもクリアに感じる。

 一瞬、自分が何を考えていたのか分からなくなるほど、頭が真っ白になったが、それも徐々に戻っていってしまった。



 ・・・再び、黒雲のような何かが立ち込める。

 しかし、今の少女にはそれを取り払おうとする気力すら、萎えてしまっていた。

 なけなしの抵抗なのか二度三度と頭に水を被るが、頭の中が再びリセットされることはない。




 力なく項垂れる。


(・・・私はどうすればいい?)


 その問いに答えを返してくれる自分はいない。


(・・・あの子なら、答えられるのかな)


 本人に聞いてしまっては元も子もない話だが、頭のいいあの子ならきっと答えが出せるのだろう、そんな確信があった。

 幼竜のことを考えていたところで、ふと気づく。



「・・・・あれ、幼竜あの子は・・・どこ?」



 ずっと気配をマークしていたはずの幼竜が、いつの間にか消えている。


「・・・逃げたのかな。」


 そんなこと嫌なはずなのに、それを望んでいる自分もいた。

 幼竜を探そうにも、身体の中の魔力が乱れて上手く操れない。身体の外に出そうとするも、空気に溶けていくかのようにして消えてしまう。

 ・・・魔力というのは、感情によっていくらでも勝手が変わる。やる気があるときの魔法ほど調子のいいものはないし、無気力な時ほど弱々しいものもない。




 気付けば川の水に混じって、自分の頬に熱い一筋の涙が流れていた。もはや拭う気すら起きない。

 眼頭は熱いのに、体は凍るように寒い。少女は川の浅瀬で立ち尽くしたまま、動かなくなってしまった。


(あの子がいれば・・・・抱いてれば、あったかいだろうな・・・。)


 悲しいのか寒いのか、それとも寂しいのだろうか。

 ・・・とにかく幼竜あの子に会いたい一心だったが、その想いとは裏腹に、心身ともに凍りついた私は、その場から一歩も動けなかった。




-----刹那


 馴染みのある気配に驚く。


 気のせいだろうか。・・・・いいや、確かに感じた。


 魔法じゃない、ただの第六感カンだけど、今だけは『絶対』と言い切れる。



 そしてまた、『刹那』


 突如、その気配が凄まじい速度で迫ってくる。


 掴みたい。抱きしめたい。手だけでもいい―・・・・『動け』!!




ーーーーーピシッ!!




 気付けば、私は両手でしっかりと幼竜を掴んでいた。横方向に加わる圧力もお構いなしに、しっかりと。


「・・・ギュ!」


 それと同時に、幼竜から呻きにも似た声が聞こえる。

 それを掴んだ当の本人である少女も、今の状況に困惑していた。まさか本当に掴めるなんて思ってなかった、・・・ということもあったが、それ以前に捕まえた先の事を全く考えていなかったのだ。


「・・・キミ。」


 ・・何を言おう。傍にいてよかった? 一緒に居たかった?

 こんな顔でそんなこと言えるわけないし、そんな気分でもない。


 ・・・でも、まだ本当の事は伝えたくない。この関係を壊したくない。

 ーーーーこの温もりを離したくない。



「・・・キミは、・・・キミはきっと、私を恨む。・・・いや、恨んでる。」



 ・・また逃げるのか。本当の事を伝えずに問うのか。きっと何も分かっていないこの子に、隠すのか。

 ーーーイヤだ、隠したくない。

 ・・・・・でも、伝えたくない。


 俯き、黙り込む。

 本当は伝えたいことが、喉から先に出ようとしなかった。

 いつもは簡単に曲がる腕が、幼竜を抱かせまいとそれを拒む。幼竜との距離が、今は無性に遠く感じた。


「・・・キュゥ、・・・キュゥ、」


 何を言われているのか、今の状況が全く分かっていないはずなのに、私の手から逃げるどころか、私を慰めてくれる幼竜。

 その温もりに、癒されていたい。無意識に、私は幼竜を胸に抱いた。


「ごめんね・・・、ごめん・・ね・・。」


 私はきっと、この子に、この優しさに、甘えているんだ。

 伝えなきゃいけない。この子には、私の口から言わなきゃいけないんだ。



「・・・まだ、分からないよね・・・。


 ・・・・もう少しだけ、このままでいさせて。」



 これが今の私が言える、精一杯の言葉だった。


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