第7話 抱擁と想い
・・・・・・・
・・・・
・・
・
もう、あれから何年の月日が経つだろう。
少なくとも百。いや、二百年くらいは経った。
・・・私はやっと、仇であるあの
鮮血とむせ返る様な臭いに満ちた洞窟を進む。
大切な物でもあったのだろうか。奴らは私と闘っている最中、ずっとこの奥に行かせないようにしていた気がする。
(宝? 食糧? それとも仲間?)
どのみち進んでみれば分かることだ。宝物であれば放置するし、食糧であれば持っていく。もし奴らの仲間がいれば、殺すだけのことだ。
・・・・しばらく歩いていくと、長い洞窟の最深部に着いた。
広いドーム状になっているそこは、太陽の光が一直線に差し込む神秘的な空間が広がっていた。
そしてこの部屋の中央。差し込んだ光が丁度当たる位置には、楕円形の大きな物体があった。
大きさこそ鳥のそれとは比べ物にならないけど、その形と内から感じる気配で、これが『卵』だということがわかった。
(奴らが護っていたということは、アイツの子供・・・・?)
ーーーだったら殺さなくちゃ。
その発想に善も悪もなかった。ただ、アイツとその仲間を殺すことは、彼女にとっての『当たり前』であり、彼女の思考の基盤そのものだった。
・・・・・ザッッ!!
何の躊躇いもなく薙ぎ払う。この数百年ずっと使い続けてきた
上半分が吹き飛び、背の低い彼女でも覗けるようになった卵の中には、羽毛のような物に包まれた幼竜が居座っていた。
灰色の鱗は光を反射し、真っ白に光っている。
そして、同じく光を反射して輝く、ぱっちりと開いた目は、はっきりと私を捉えていた。
神々しく光るその幼竜の姿に、一瞬心を揺さぶられる。的確に首を狙った彼女の大鎌も、すんでのところでピタとその動きを止める。
ーーーその瞬間、少女は久しく忘れていた『感情』を、その瞳に写した。
目の前の瞳は
・・・血塗れの私の姿は、その瞳にどう映っているのだろう。私には想像すらできない。
少女が、不意に口を開いた。
「・・・・キミは、・・・私、恨む?」
自分自身思っても見なかった発言に驚く。
恨む恨まれるなんて考えたこともないはずなのに、スッと口からこぼれたのはその言葉だった。
ーー私は、恨まれたくないのだろうか。
ーー私は、この幼竜に
ーー私は、奴らに復讐したことを悔いているのだろうか。
そんなはずはない、そんなはずはない。心の中でのそんな叫びも、戸惑い混乱する頭の中に掠れて消えるだけ。
大鎌を持つ手が少しずつ震えていく。目に映る情景も、段々と
・・・身体の輪郭が溶けて、グチャグチャに崩れていく感覚。
嘆なげきなのか呻うめきなのか分からない何かが、ゲル状になった意識の泥沼に気泡を浮かべる。
(・・・私は・・私は・・)
真っ白なのか真っ黒なのかさえ分からない視界の中で唯一、一対いっついの眼光だけはかろうじて判別ができた。
「・・・・・キュゥ!」
不意に幼竜が鳴く。
その鳴き声に引き戻されるかのように、私はまた呼吸をはじめた。
・・・・そしてそれから間もなく、私は血だらけの身体で幼竜を抱いていた。
理由は今になっても分からない。
ーーーもしかしたら、あの時の私は他者との関わりを無意識に求めていたのかもしれない。幼竜その子に、自分の荒んだ心を癒してもらいたかったのかもしれない。
・・殺さなきゃいけないやつに、癒してもらう?
それは、今までの私にとって、屈辱以外の何でもないはず・・・・だった。
・・・でも、あれからいくらか時間も過ぎたけど、私は今でもあの時とった行動を後悔はしていなかった。
最初こそ、『何でこんなことしているんだろう』『何故私はこの子を殺さないんだろう』。そんなことばかり考えていたが、可愛い幼竜の姿を見ていると、それも何だか馬鹿馬鹿しくなってきていた。
====================
この子を見ていると、時間はあっという間に過ぎていった。
成長が早く、頭もいいこの子は、私が何もせずとも色々な事を吸収していった。
空を飛んだり、言葉を覚えたり。異常なまでの成長に戸惑いはあった。・・・でも反対に、自分の事でもないのに嬉しくなったりもした。
(こんな楽しくて早い時間は、今まで過ごしたことがない。)
ーーー止まっていた少女の歯車は、幼竜によってゆっくりと少しずつ動き始めていた。
====================
・・・ーそれは、昨日の事。
夕飯の時間も終わり、いつものように目を閉じようとしていたときの事。
暇だったので、私は気まぐれに抱いていた幼竜の顔を気付かれないようにそっと覗き込んだ。
幼竜は何をするでもなく、ただただジッと焚火を見つめていた。
・・・・何が楽しいのだろうか。そんなことを考えて、ふと思い直した。
(この子の瞳はいつも輝いている。多分きっと、この世界が私とは違うように見えているんだ。)
・・・この子の見る世界、私も見てみたいなぁ。
不意にそんなことを思った。つい一月前の私からは想像もできないような発想に、自分のことながら少し笑ってしまう。
そんなことを考えていると、ふと焚火の向こう側に奇妙な二つの気配を感じた。それまで気にも留めていなかった、鹿の親子だ。
普通、魔物や動物はほとんど私たちに近寄らない。力の差を本能的に理解しているから。・・・頭の悪い魔物は、力の差なんて考えることすらしないけど・・・。
狩り以外では滅多に見かけない動物に首を傾げる少女だったが、何となく状況は察していた。
(子鹿がここに迷い込んで、親鹿がそれを追いかけてきた・・・・)
・・・何故追うの? 私の存在を嫌でも把握しているはずなのに・・・・。
そう思っていると、とうとう子鹿が私たちの目の前までやってきてしまった。さすがに小鹿も私たちの存在に気付いたようで、張り付けにされたように動きを止めて、怯えてしまった。
その頃になると親鹿もすぐそこまで来ていたが、すでに手遅れだったようだ。しかし、一瞬戸惑いつつも木陰から飛び出し、子を守るような立ち位置で止まった。
・・・逃げない・・・・なんで?
あの二匹にとっての私は『脅威』。
子供とはいえ、一動物を座っているだけで竦み上がらせるほどの、大きな脅威。
ただ、大きな脅威ではあるけど、そこに『敵意』や『殺意』はない。そしてそれは、あの親鹿も理解している。確証はないけど、目を見れば分かる。
・・・つまりあの親鹿は、自分たちが逃げられることを分かっているはずなんだ。
なのに、逃げようとしない。・・・・何故?
・
・
・
・・・・それが『親子つながり』。・・・・なのか。
無意識に幼竜を抱く手が強くなる。
その繋がりを遠い昔に奪われた少女は、溢れそうになる悲痛の涙をぐっと堪えると、無意識に手を伸ばした。
・・・・自分には無いものが、得られるような気がして。
しかしその想いとは裏腹に、二匹の鹿は全力で逃げて行ってしまった。少女の手が虚しく空を切る。
ーーー胸の内に隠した悲痛は、私を壊さんばかりに暴れだす。
私は、それを堪えようと俯く。
・・・・・そこには、抱いていた幼竜の心配そうな顔があった。
幼竜は大きな瞳いっぱいに私を映して、首を傾げている。
(・・・・あぁ、さっきまでこの子はあの二匹を見つめていたのか・・・)
焚火の奥を見ていたんだ。・・・そう考えると合点がいく。
ーーーなら、この子はあの親子がどう見えたのかな。
胸の苦しみを忘れようとしているのか、ふと少女はそんな事を考えた。が、自身を蝕む痛みはそう簡単には消えてくれない。
(この子には、まだ私の事、言いたくないな。)
涙を見せまいと幼竜の頭を自分の胸に埋うずめる。
ゴツゴツとしていて温かい幼竜。いつもはこんなことをすれば嫌がって逃げてしまうけど、気を使ってくれているのか今は為されるがままにしてくれてる。この子は本当に頭がいいし、とても優しい。
(この子には・・・・この子・・・には・・・。)
・・・この子に私は、何をしてあげられるだろう。
養うことができるだろうか、何かを教えてあげることが出来るだろうか、私はこの子の親のように―・・・・
ーーーーそう考えて、ふと思考が止まる。
・・・・・私はこの子に、・・・・・何をした?
今まで感じたことのないほどの悪寒を感じる。血の抜けるような、頭が真っ白になったような感覚。
きっと今まで、考えないようにしてたのかもしれない。気付きたくなかった、紛れもなく確かな事。
「・・・・ごめんね。・・・ごめん・・ね・・。」
・・・・私はこの子に、拭いきれない過ちを犯したんだ。
私は幼竜を一層強く抱くと、静かに嗚咽を漏らしていた・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます