第6話 涙
早朝。最近段々と早起きに慣れてきた俺は、今日もスムーズに起床する。
眠り目をこすって辺りを見渡すと、昨日焚いた焚火の跡があった。咄嗟に昨日の肉の味を思い出す。・・・あれは美味しかった。
さて現状を整理してみる。辺りには、焚火のほかに少女のバッグが落ちているが、持ち主の姿も気配もない。
(少し遠くまで行っているか、気配を隠しているのか。)
・・・・とはいうものの、今まで彼女が俺を置いて遠くに行った試しがないので、おそらく前者は無いだろう。
(・・・となると、厄介だなぁ。)
心の中でそう呟く。
彼女が気配を消すと、本気でどこにいるのか分からなくなる。動物や魔物のそれとは明らかに違うのだ。
そもそも少女曰く『気配の察知』とは、イコール『魔力の察知』をすることらしい。「万物に宿る魔力マナの流れを感じ取る」とか何とか言っていたが、あまりに厨二病臭くて詳しく聞いていなかった。
・・・・しかしこれも竜の特性なのか、俺自身に適性があるのか、気配やマナの類は意識せずに使えていた。気配を探ることはもちろん、隠すことも粗削りではあるが出来るには出来る。
そんな魔力察知は、身を潜めているはずの動物や魔物も察知できるので、かなり精度がいい・・・はずなのだが、一向に彼女を見つけることはできない。
(まあ、でも遠くに行ってさえいなければ心配することはないか。・・・・ん?)
・・・・突如、俺の背後に影ができる。
何かが近づいてきたことは分かるも、気配を感じなかったことに動揺を隠せず、逃げる判断が一瞬だけ鈍る。
ーーーーー刹那。
「キュ!? キュウ!!」
咄嗟に目を瞑る。それと同時に感じたのは、背中に伝わるいつもの柔らかい肌の感触と、遅れて感じる汗の匂い。
数秒もせずに俺は悟った。
「起きた・・・?」
そう言って俺を優しく抱き上げたのは、朝の鍛錬を終え一汗かいていた少女だった。
「キュッ! キュウ!!」
「・・・ん、なに?」
驚きで心臓の止まりかけたと全力で抗議するも、喋れない以前に、彼女が状況を全く理解してないので、俺が怒っているとは思いもしていないだろう。
「・・・お腹、空いたの?」
(違うわ!!)
====================
ほとぼりも冷めたところで、少女は俺を置いて立ち上がった。
・・・・どうやら体を洗いに行くらしい。
「一緒に来る・・・?」
とは言われたものの、俺に幼女の裸を見る趣味はないので、大人しくここで待っていることにする。
俺がやんわりと断ると、少女は何故か少しガッカリした様子で、とぼとぼと川のある方へ向かっていった。
・・・まあ、気持ちは分からんでもない。
俺自身、小動物に大好きと言えるほどの興味はないが、それでも清流に映る自分の姿を見て『あ、かわいい』と思うほどには、俺の容姿は愛くるしいものだった。
彼女も、年相応にかわいいものが好きなのだろう。
(ん? ・・・ってことは、俺ってペット?)
一瞬脳裏によぎった疑惑を無理やり払拭すると、話題の転換のため、辺りを見渡す。
もちろん辺りは何も変わらず、燃え尽きた焚火に少女のバッグ。
・・・それにさっきまでは気が付かなかったが、バスタオルのような物や、彼女がいつも着ている旅装束も散乱していた。
・・・・・・・・?
(・・・・あれ? タオルと着替え?)
嫌な予感がする。そういえば、あの人は手ぶらで川まで行っていた。
まさかとは思うが、可能性は大いにあり得る。というか、確実にそうだろう。
「ギュゥ・・・。」
ガックリと項垂れる。行くしかあるまい。
まあ、今の俺なら目を瞑っていても、移動ぐらいならできる。少女の近くにこれだけ置いて、そそくさと退散すればいいだけの話だ。
(ここを曲がって・・・・ここを抜けて・・・・、・・ここか。)
木々の隙間を潜り抜け、目的の川までやって来る。荷物を担いでこの入り組んだ森を飛行するのは中々に骨が折れたが、いい練習にもなった。今度から毎朝やってみようか。
川沿いに少し進むと、大岩に阻まれ底が浅く流れも緩やかになった場所に辿り着いた。さっきから気配が薄く、少女の居場所も曖昧だったが、おそらくここで合っているだろう。
念のため森の中から迂回することにする。
木々の間を縫うように進み、大岩の向こう側に来た。
・・・・そこで、俺は思わず息を呑む。
木の隙間から見えたのは少女の後ろ姿。長く細くキラキラと波に揺れる白い髪。病的なほど白く細い華奢な身体からは、幼いながらもどこか艶かしさを感じる。とても、あんな大きな棒を高速で動かしていたようには見えない。
『森の妖精』と言われても違和感がないほどに、彼女の容姿は現実離れした美しさだった。
(・・・・っと危ない危ない、何凝視してんだ俺。)
首を振って何とか我に返る。
このままだと色々危ない気がしてきた俺は、急いで少女の近くの河原に衣服を置きに行く。気配を消してもどうせばれる、というかおそらくすでに気付かれているので、とにかく速度だけを考える。
速く・・・・、速く・・・、速く・・。
・・・・・今だ!!
太い木の幹を垂直に蹴り、同時に大きく翼を振り下ろし飛翔。勢いを殺さないように、身体を真っ直ぐに伸ばす。
さながら戦闘機を連想させる勢いで飛び出した俺。後はこの荷物を落として、そのまま彼女の背後を通過する。即席で作った作戦だが、・・・・穴はないはずだ。
前世の対戦格闘ゲームで培った勘と反射神経をフルに使う。
・・・約数コンマ後、尾の力を緩め荷物を落とす。真下には水もない。ーーークリア。
同時に数十度上に身体の向きを変え、もう一度翼を広げて後は少女の背後をすり抜けるだけ・・・・。
だったが・・・。
ピシッ!!
「・・・ギュ!」
荷物を降ろした直後、進行方向に凄まじい圧力が掛かる。時速百キロを軽く超える加速が、タイムラグゼロでストップしたのだ。
「・・・キミ。」
吹っ飛んだかと思った頭がきちんと繋がっていることを確認すると、恐る恐る真横を向く。
俺の体を抑えていた少女。しかし、どこか様子が怪しい。
(覗きを怒っている・・・・訳ではなさそうだな。)
前髪に隠れていて、表情がよく見えないが、いつもの顔でないことは十分に分かった。
深刻そうな雰囲気がその場を包む。
・・・そして少女は俯いたまま、口を開いた。
「・・・キミは、・・・キミはきっと、私を恨む。・・・いや、恨んでる。」
少女の顔から雫が滴り落ちる。彼女は俯いて隠そうとしているようだが、バレないはずもない。
俺を掴んでいる両手の震えもか細い声も、昨日と同じ。言葉では表せないような、複雑な心情が垣間見える。
「・・・キュゥ、・・・キュゥ、」
ただただ静かに泣く少女に優しく鳴き、今の自分ができる最大限の慰めをする。
彼女が何の話をしていて、何故泣いているのか。今のところさっぱり見当もつかないが、まずは落ち着かせないと何も始まらない。俺は精一杯少女に働きかけた。
しばらくすると、少女はピンと張っていたひじを曲げ、いつものように俺を胸に抱いた。
『ごめんね、ごめんね。』と、そよ風にも負けそうなか細い声で、少女は謝罪を繰り返し続ける。
態勢も状況も昨夜とほとんど変わらない。しかし、必死さと言えばいいのか悲観さと言えばいいのか。そんな雰囲気は、昨夜とは明らかに違うものだった。
「・・・まだ、分からないよね・・・。
・・・・もう少しだけ、このままでいさせて。」
それを最後にしばらくすると、いつの間にその場にへたりこんでいた彼女が、寝息を立てはじめていた。俺をきつく抱きしめていた腕の力も抜けている。
身体の震えも完全に収まり、珍しく熟睡してしまっている少女。俺はその胸から抜け出すと、彼女の細い胴体を尾で巻き、河原へと引き上げていく。
慎重に確実に、ゆっくりと河原へ移動する。尾から伝わる少女の身体は、とても冷たくて驚くほど軽く、まるで持っていないかのようだった。
・・・河原には着いたものの、ゴツゴツとしたこの場所で横にさせるのは気が引けたので、一度降りて衣類を担ぐと、次は野営地の方まで飛んだ。
少女が裸のままなのもどうかと思ったので、一応タオルを身体に巻いておく。『タオル一枚で全裸の少女が、小竜の尾に巻かれ森を飛ぶ』という、中々シュールな絵づらとなってしまったが、見る奴なんてここにはいないし、気にはしない。
・・・そんなこんなで、俺たちは野営地に戻ってきた。
彼女を横にさせると、巻いていたタオルで身体を拭く。
幼女の身体を拭くという、前世の俺なら色々と意識してしまい出来なかったことも、種族の違う物同士だからか、そこまで意識することはなかった。
(それでも、あまりやりたくは無いんだけどな・・・)
内面そんなことを言いながら、拭く作業はそつなくこなした。後は服を着せるだけだ。
これが人の身体なら、まだ楽な仕事だったのだが・・・・。
(この短い腕で、どこまでできるか・・・)
また、なかなか大仕事になりそうな作業に気合を入れたその時。
----ふと、今だ寝ている少女の呻くような寝言が耳に入った。
「・・・・さなきゃ。・・・・ろさなきゃ。
・・・
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