第5話 抱えこむ物


 十数日間が経った。この世界で目覚めて一か月間くらいだろうか、時計もカレンダーも無い生活なので、段々と時間に疎くなっている気がする。

 発見と成長は今になっても変わらず続いている。しかし、毎日が新しいことに満ちているので、今のところ歩いて寝るだけの日々でも、中々に充実している。


「・・・・・」


 規則的に身体が揺さぶられている。

  ぼやけた視界を擦ると、広がっていたのは『緑』。・・・・そういえば今は移動中だったか。

(・・・となると、俺は少女の頭の上で休んで、そのまま寝ちゃったのかな?)


「・・・・起きた?」


 少女がそう呟く。もちろん日本語や英語ではない、この世界の言語だ。

 そう、俺はこの一か月間で一言語をマスターしてしまったのだ。この体の身体能力や学習能力には日々驚かされているが、さすがにこれは規格外だろう。


「キュ!」

「・・・飛ばなくていい、少ししたら休む。」


 大きく翼を広げ、飛び立とうとしたところで制止が掛かる。

 太陽も沈もうとしているので、そろそろ野営地を決めるのだろう。お言葉に甘えて、もう少し休むことにする。


 遠くの山に日が沈むころ、小竜を頭に乗せた少女は森の中の、少しだけ開けた場所に辿り着く。

 少女はそのまま近くの木の枝を手際よく集めると、魔法で火を灯す。簡単な焚火の完成したところで、静かに腰を降ろした。

 ガサゴソとバッグの中を弄りまさぐり果物や肉を取り出す。外見よりも多くの物を取り出せる少女のバッグは、どうやら魔法道具マジックアイテムというものらしい。


 少女は肉を串刺しにして焚火にあてる。清水であらかじめ洗っていた肉は、焚火の前でどれも美味しそうに照らされていた。

 俺は生肉でも食べられはするが、やはりそこは元日本人、直火焼きで美味しく頂きたい。


(もぐもぐもぐ・・・・。・・ちょっと塩気が足りないけど、やっぱ結構おいしいな、これ。)



====================



 今日の夕飯も食べ終わって、眠気を感じる頃。俺は少女の膝の上に乗り、無言で炎を見つめていた。

 夜の静けさの中でパチパチと焚火が燃える。真っ暗闇の森の中で爛々と揺らめく炎を見ていると、心が洗われるような感情になるのは俺だけだろうか。

 無心でただただ焚火を眺めていると、不意に俺を抱く少女の手に力が入る。苦しいほどではないが明らかに不自然だったので振り向くと、少女は焚火の向こう側をじっと見つめていた。

 俺は再び振り向く。いや、振り向かなくても気配で分かってはいたが、燃え盛る焚火の陽炎の奥、少女の視線の先には二頭の鹿が立っていた。小さな鹿が後ろにいることからも、この二頭が親子だということが窺える。


 不思議なことに、魔物のような戦闘力のない、その上殺気どころか敵意すらない目の前の二匹に、少女は


 感情を全く表に出さない少女の、俺の知る限り初めての動揺に身が固まる。段々と強くなっていく手の力からは、恐怖や怯えではない複雑な感情を感じさせる。

 ・・・・一体何を考えているのだろうか。



 しばらくして、少女が動く。今まで怯えていたのかピクリとも動かなかった二匹は、それと同時に逃げて行ってしまった。

 少女は「あっ」と呟き手を伸ばすも、当然届かない手が虚しく空を切るだけだった。その手は寂しく俺の方へ戻ってくる。

 何が悲しかったのか項垂れる少女。その顔にいつもの無愛想な表情はなく、今にも泣きそうな、悲しい顔をしていた。

 目が合うと、少女はさらに目を潤め、そしてそれを隠すかのように俺を胸に抱く。


「・・・・ごめんね。・・・ごめん・・ね・・。」


 小さく、消えそうな声でそうつぶやく。

 俺に言っているのは確かなのだが、俺自身、謝られる身に覚えはない。

 確かにウザいぐらい撫でられたり、苦しいぐらい抱擁されたりはあったが、本人に悪気はないし、今はそんな雰囲気でもない。

 俺は頭に疑問符を浮かべる。それを知ってか知らずか、少女の抱擁はまた一層強くなった。


 彼女に関しては、今だ謎が多い。そもそも喋ることができず、言及ができないのでそれも当然なのだが、それにしても闇が深い気がする。



 一体この少女は、俺に何をしたのだろうか・・・。


 そもそも、何故こんな少女が一人で旅をしているのだろうか・・・。


 何より、この化け物じみた強さは何なのだろうか・・・。



 疑問は尽きぬばかりである・・・・。


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