番外掌編(不定期更新)
『文化祭の日の裏番組的な彼ら』
きっと、ろくでなしの毎日を磨り潰している。
そんなしょうもない感覚に日々を吸い取られることすらも、僕らにとっては快楽だった。そういうことにしておきたかった。
大学で文化祭がやっているらしい。「らしい」とはすなわち疎かな記憶を頼りにしている証拠だ。
そもそも僕らにはあまりかかわりのないことだ。二人だけのサークル、それも今や彼氏彼女の関係であり、その前でも先輩と後輩、或いは都合の良いセックスフレンドの集いでしかなかったので、特別出し物を出すこともなかった。
どうせ、僕らが卒業すれば自然消滅するのだ。僕らは僕らで在ること以外にはさして興味を持たなかった。
「文化祭らしいですね、先輩」
「らしいな。行くか?」
「いや……、人混み、あまり好きじゃないので。それよりも」
もぞもぞと、最近厚くなった布団の中で後輩が蠢いた。地肌と地肌が擦れあう。少女にしては熟れた匂いが鼻腔を擽る。人肌の温度に浮かされて、僕らは夜から換算して何度目かの交わりをした。
「そういえば、先輩は。私と出会う前、どうやって文化祭を過ごしていたんですか?」
応えるよりも前に下腹部を擦りつけながら、後輩が僕の首に噛みつく。
吸いつく、さながら吸血鬼のように。
彼女の口が首元から離れた。唾液の糸を後輩の舌先がからめとった。
「やっぱり、元カノさんと一緒にいたんですか?」
「その当時はまだ彼女だっただろうな」
「今は元カノなので元カノでいいんですよ。それに、――私以外を彼女呼ばわりするのは、その、駄目です」
「どうして?」
「なんだか、むかむかするので……」
「去年の今頃まではそんな感情抱かなかったのにな」
「むっ。い、抱いていましたよーだ。ただ、先輩は面倒臭い女が嫌いなんでしょう?」
「……だったら、君とはもう別れているだろうな」
一拍、間が空いた。後輩の耳元を見やると朱色に染まっている。
「ふふ、それって新手のプロポーズですか?」
「誤解だっ」
「じゃあ、嫌いなんですか?」
「じゃあ、じゃないだろ。別問題だ」
「――好きなんですね?」
「好きじゃなかったら付き合っていないし、友達だってやってないだろ」
余計な問いだ。
都合のいい友達から一歩関係性が前進したのは、好きの変容を認めたからだ。
僕は後輩のことが好きだ。否定はしない。できない。好きになってしまった。
そして、彼女もまた僕のことを好きだった。
好きな理由とかはこれと言って明確じゃない。
理由なんて曖昧に暈されてしまえばいい。
お互いにお互いが好きなのだから、今はそれでいい。
僕は後輩の耳元に噛みついた。耳たぶには昨年の秋に作ったピアス穴がある。今は二人でお揃いのピアスを付けていた。痛みと傷は僕らが何度も交わって愛を囁いた証でもあった。
「先輩。……デートしませんか?」
目覚めてから、三度果てた後で、胸元に顔を埋めた後輩が囁いた。時刻は午後の一時を回っている。
「唐突な誘いだな、文化祭にでも行く気になったのか?」
「いや、ああいうのはなんか、ちょっと違います。けど、いつも家で、その、していると中弛みしちゃう、というか」
「つまり、場所を変えて色々したいと」
「ムードが欲しいんですよっ。一緒に買い物でもカラオケでも夜景視るのでも美味しいもの食べるでも何でもいいんです、カップルっぽい健全なイチャイチャをしてから、夜を楽しみたいんです」
「……そういうのは、ありかもな。面白い。大学の文化祭期間なんてそれなりに被っているわけだし、都内でも空いているスポットはありそうだよな」
「渋谷とかどうです? 最近とびっきりの夜景スポットができたらしいですよ?」
「へえ、そういうのは、してみたいな」
「そういうの?」
「恋人っぽいことを、恋人になった後輩としたいって」
彼女は唇をもごもごと蠢かせた。
「はっきりと言われてしまうと、ちょっとだけ照れ臭いですね。でも、そういってくれると嬉しいです」
はにかんで、後輩は唇と唇を重ねようとした。けれど、異変にビクッと震え、そして、すぐに悪戯な笑みを浮かべるのだ。
「もう一回、気持ちよくなってからにしますか、先輩。それとも、夜までむらむら、我慢します?」
まるで彼女の手中で踊らされている気分になって目を逸らした。
けれど、後輩のその小悪魔的な仕草は可愛らしかったのでついつい髪を撫でてしまう。
満足そうに鼻息を漏らす彼女の下腹部に自分のそれを押し付けて、擦りつけた。鼻息が嬌声に変わる。潤んだ瞳が僕を見上げる。
「足りないのは、どうやら君も同じようだね」
「…………先輩の、ばか」
再びの夜はすぐ近くに転がっているようだった。
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