日記その3・『僕が燻るのは、二人で食べたスモークチーズのせい。』(執筆者:先輩)

 進路に迷っている、燻った一般大学四年生こと僕は自棄を起こして大型バイクに荷物を詰めて県の外れにあるキャンプ場へと向かっていた。就活解禁一か月前だ。荷台には燻製器と具材と、後輩を載せて。僕の後輩は食べてしまいたいくらいに可愛らしいけれど、もし食するとしたら生で食べたい。何の話?

 バイクに跨り、風を切る。後ろから太ももで腰骨を挟まれる。両肩を掴む彼女の手はガッチガチに緊張している。発車する前に「絶対に離すなよ」とくぎを刺しておいたからだろうか。律儀な奴だ。言われなくとも無事故無違反を徹しているのでちょっとだけ肩の力を抜いてほしい。でなければ僕の肩が痛い。

 キャンプ場はガラガラだった。燻製器に桜のチップを入れて煙が出るまで熱する。金網の上にホイルを敷き、業務用チーズを置くと燻製器の中に突っ込んだ。三〇分で完成。味見をしようとして後輩に横取りされる。舌の上でころころと溶けるチーズを味わいながら頬を緩ませてグーサインを向けてくる、こんにゃろ。続けざまに口に放り込むと思わず親指を立てる美味しさだった。来年も一緒に来ましょうね、後輩が契ってきたので考えとくわ、と考えなし、ノータイムで返していた。次の年、僕と後輩の関係は変わっていた。僕が後輩で、彼女が先輩。未だに僕は進路に迷っている。もうじき、燻製の時期だ。

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