番外編 先輩と後輩の交換日記。

日記その1・『好き夜、過つ。』(執筆者:先輩)

 生ぬるい夜、汗がべっとりしたパジャマが地肌に貼りつく七月頭、梅雨明けの季節。一人用の布団に二人は窮屈で、でもはみ出したくなかったから肌と肌の接地面積が広がった。後輩の吐息の射程範囲に僕の耳があって、なんともこそばゆい。月明りさす八畳に満たない畳敷きの部屋は散らかっていた。彼女の下着と僕の下着が枕の真上でぐしゃぐしゃに混ざっている。月夜に場違いな、お日様の匂いが鼻腔を掠めていった。まぐわったあとのダラダラした空気が好きで、その瞬間を噛み締めたいがために、僕は彼女に愛.txtを朗読する。一言一句、乱れない表情、乱れない声色で。

「月は、綺麗ですね」「日本語の文法知識が足りない、やり直しだね」「むっ。あえて変えてみたんですよ、あえて」「じゃあ、その心は?」「だから、月『は』綺麗ってことですよ。行間なんて、聞く人が勝手に想像していればいい。書き手は要らない、です」

 実にその通りだったので、枕を占拠してひたすら天井の染みと染みとを繋ぎ合わせて星座ならぬ染み座を編み出していた。腕で寝付く後輩から授けられた不毛な賜暇を転がす。転がる台詞は連綿を編む。言いたいことは分かっていた。凹と凸を満たす行為の空っぽさを嘲笑したかったのなら、僕は彼女の台詞を重ねよう。でも、吐息が汽睡域を超えたとき、僕が遺せたのはやはり文法違いの「月も綺麗だ」、たった五文字だった。

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