最終話 本当の隠し事

 クリスマス。

 恋をしている者にとっては大きなイベント。

 好きな人との距離を近づけようとする者、今年こそはと気合いを入れる者。

 そして―――。


 両想いなのに一歩も踏み出せない者。



「鈴木さん、今日居残りね」

「んなっ!」

 先日行なわれたテストで赤点を取ってしまった芳子は本日居残りが決定した。

 クリスマス・イヴ、女性担任から彼女へのプレゼント。

 芳子達は今日、いつものメンバーでカラオケに行く約束をしていた。


「残念だが今日は三人だな」

「うぐ…無念」

 はっきりと告げた三郎に肩を落とす芳子、おそらく1,2時間では終わらないだろう。

 しかも担任とマンツーマン、逃げ出すことは不可能。


「途中からでもいいからおいでよ芳子」

「でもかなり遅くまでやりそうな雰囲気だったよ?」

「…」

 元気付けようとした優子、撃沈。


 実のところ今回のテストではお互いにミスがあった。

 三郎の予想がことごとく外れていたこと、そしてテスト中全く集中できなかった芳子。

 恋といういらぬ気持ちが二人の行動を邪魔をしていた。







「よいしょ、さぁ始めましょうか」

 放課後の教室、芳子は担任と向かい合って勉強することになった。


「今日予定とかないよね?」

「あ…はぁ」

 明らかに見た目で判断しただろ、と芳子はツッコミを入れそうになる。

 これまで遊んできたツケが回ってきたのだ、と自分に言い聞かせることにした。


「よし…っ」

 早めに終わらせることができればまだ可能性はある。

 芳子は両頬を叩き気合いを入れて教科書を開いた。








「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「3…いや、4人になるかもです」

「かしこまりました」

 三郎は後ろで待つ友人には聞こえないよう小声で受付を済ませる。



「30分待ちだって」

「そっか、それじゃここで待ってよっか」

「だな、その間になんか飲み物取ってくるわ」

 嬉しそうに飲み物コーナーに向かう琢磨、三郎と優子は店内に設置されてあるソファに腰をかけて時間が来るのを待つことにした。


「芳子、間に合うかな」

「どうだろうな、あの教師に捕まると長いって噂だからな」

 一度捕まったらおしまいとも言われている。

 この場所を芳子にメッセージで送ったが既読にならない、きっと見る暇もないのだろう。


 本当に悲しいクリスマスだ。






 芳子には担任の言葉がお経にしか聞こえない。

 理解できるできないではなく、その前にとてつもない眠気が襲ってくる。

 三郎の方が教え方がうまいのは当然のこと、彼女の実力に応じて指導してくれているのだから。


「鈴木さん」

「あ…はいっ、聞いてますよ!はい!」

 飛びかけていた意識が戻り、出かけたよだれをすすって大きく返事をする芳子。


「鈴木さん、本当に変われたのね」

「…はい?」

 突然担任は声のトーンを落とし真っ直ぐ芳子の方を見つめていた。

 【変われた】と言った、ということは変化前を知っていることになる。


「内申や素行、前通ってた中学校から聞いているわ」

「…」

 初めからこの学校には中学時代彼女が荒れていたことはバレていた。


「警戒していたのだけどね」

「そ…そうですよね」

 暴走族の総長だったんだから当然だ。



「ね、どうして変われたの?」

 ひどかった少女が更正したこと、担任は教師として参考までに聞きたいのだ。


 アニメのDVDを見たのが【きっかけ】。

 そんなこと口が裂けても言えるはずがない。


「…あ」

 それは【きっかけ】でしか過ぎない。

 始まりはそう、不安だらけの中でアレを落としたことと拾ったこと。



「ある人が、私を変えてくれました」



 彼女は胸を張って笑顔で答えた。







―――外はすでに暗くなっていた。

 しかし頑張ったおかげで何とか間に合いそうだ、と芳子はスマホに届いていたメッセージの場所へと向かう。



―――外はすでに暗くなっている。

 既読が付いたことを確認した三郎はスマホをポケットに直して彼女が出てくるのを待った。





「おわっ!」

 校門を出たところで三郎が立っていることに気づき驚いて足を絡ませる芳子。


「早かったな」

「びっくりした…佐藤、何でこんなとこにいんの…」

「アホがちゃんと勉強してるか気になってな」

「お、あ…ん?」

 状況が把握できていない芳子に彼は包装された物を差し出した。


 彼女の様子が気になった三郎はカラオケを出て寄り道をした後、学校へと向かった。

 その寄り道をして購入した物がこれである。


「クリスマスプレゼントだ」

「マ…マジ?」

「ああ」

「私何も用意してないんだが…」

 気にした芳子に静かに彼は首を振った。


「開けてくれ」

「あ…あぁっ」

 胸を躍らせながら丁寧に包装紙を剥がしていく。

 芳子にとって異性から、そして好きな人からのプレゼントは初めてだった。



「…佐藤」

「ん」

「なんだこれは」

「ノート5冊パックだ」

 彼が寄ったのは文房具屋だった。


「これで私はどう反応したらいいのだ」

「頑張って勉強するねっ、かな」

「…悔しいが、反論できない」


 一瞬の間、そして二人は笑いあった。


 好きなのにお互い素直になれないことが少し幸せに感じてしまった。

 だってそれは恋に悩んでいるということなのだから。



 こんな青春を送れる日が来るなんて中学時代の彼らは思ってもいなかった。 



 二人はお互いの秘密を知っている。

 出会ったあの日、生徒手帳を拾ったのが始まり。


 三郎と芳子の隠し事。



「そういや担任、私の中学時代知ってた」

「うげ、マジかよ…ってことは俺もバレてんのかな…」

「バレてるかもな、がり勉オタクで童貞だったってこと」

「最後のは間違いなく予想だろうけどな!まぁあってるけどな!」


 二人がお互いの気持ちに気がつくのはまだ少し先のこと。


 誰にも言えない恋という隠し事。








 3学期を迎え、生徒達はまだ休みボケが抜けていない様子だった。

 微妙に効いた暖房が余計に眠気を誘う。

 季節まだ冬、外は心も身体も冷えてしまうほどの寒さ。

 そう、出会いの季節というには少しまだ早い。



「それじゃ転校生を紹介します」

 いや、この季節だからこそ相応しいのかもしれない。



「吉田美和です、皆さんよろしくお願いします」

「…は?」

 数日眠れなさそうなほど眠気がぶっ飛んだ三郎。

 驚きのあまり伏せて顔を隠してしまう芳子と優子、何も考えていない琢磨。



 校内に鳴り響くチャイム。


 それは三郎と芳子の新たなのステージ(?)の始まりの合図だった。

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佐藤君と鈴木さんの隠し事 @hiroma01

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