第19話 戸惑い

 昨日起きた佐藤争奪戦。

 美和はともかく、謎の美少女二人組みは一体誰なのかという話題で盛り上がっていた。

 同じ制服を着ていたはずなのに例外を除いて誰一人としてその正体を知らない。

 その例外とは誰でもない、彼である。


「おはよう佐藤君」

「ああ、塚本おはよう」

 まさかクラスの連中もこの地味な女が昨日の美少女だとは思いもしないだろう。

 優子も昨日の件は無関係ですといった空気を出している。

 そして二人組みの内のもう一人といえば…。


「…」

 三郎達の方を伺いながら教室の後ろの扉のところで身を隠していた。



「佐藤君」

「ああ、見られてるな…」

 やはり芳子には隠密行動は向いていない。

 優子は大きくため息をつき手を挙げる。


「芳子~」

「のほっ、バレた!」

「バレてないと思っていたのが逆にすごいよ…」

 諦めて優子に挨拶をし自分の席にカバンを置く芳子。

 普段ならここで前の席にいる三郎が振り返って朝の挨拶をするのだが今日だけは違っていた。



「(やばい、振り返れない)」

 乙女心が炸裂していた三郎だった。

 しかしここで何も起こさなければ逆に不自然だ、と彼は勇気を振り絞った。


「鈴木、おはよう」

「なはっ!」

「…」

「…」

 返ってきたのは挨拶ではなく奇声だった。



「(やべ…佐藤を直視できないっ)」

 レディースの元総長の苦手なもの、それは恋だったようだ。



 三郎は人を好きになったことはあるが芽生えたことなど一度もない。

 芳子は力が全ての世界にいたため恋すらしたことがない。

 頭のいい三郎と喧嘩が強い芳子だが、恋愛に関しては二人とも初心者だった。


「何…どうしたのあれ」

 振り返ってはいるが下を向いている三郎と、立ったまま天井の蛍光灯を眺めている芳子を見て不自然に感じた琢磨。


「う~ん…これは…」

 もしや、と優子は琢磨に耳打ちをする。


「…ん?ああ…、構わないけど」

 一度大きく咳払いをした琢磨は俯く三郎の肩を叩く。



「サブ、お前好きな子いるか?」

「…ほっ!」

「バカじゃねぇの?!そんな…あ~、バカじゃねぇの?!」

「バカって二回言われた…」


 慌てる三郎と、琢磨が質問したときに見せた芳子の反応。

 そこで優子は確信した。


―――この二人両想いだ。


「ひどいな…サブ、なぁ芳子ちゃん」

「…あぁ?」

「ひぃっ!」

 芳子に振った琢磨は腰を抜かしていた。


「小田君よくやったわ、もう用無しよ」

「ひどくないっ!?」



 恋愛に発展しなさそうな二人が恋 をしてしまったこと。

 この不器用な二人が告白して付き合うなんてそんな普通なことをできるとは思えない。


「(好きだなんて絶対言えない、目も合わせられない…これって!)」

 自分に何かできることはあるか、と悩む優子は立ち上がる。


「メル…」

「塚本、座りなさい」

「はい」

 すでに朝のHRは始まっていた。






 三郎は考える。

 何故こんなアホを好きになってしまったのか。


 芳子は考える。

 何故こんななんちゃって不良を好きになってしまったのか。




 定期的に行なわれている放課後の勉強会。

 教室には三郎と芳子のみ。


 今日一日一度も三郎の目を見ていない芳子はずっと黙ったまま机に向かっていた。

 優子は気を利かせて終礼のあと琢磨を連れて教室を出て行った。



「佐藤」

「…うん?」

 先に行動に移したのは思ったことを口にせずにはいられない芳子だった。


「その…朝小田君が言ってたやつなんだけど」

「え…ん?」

「好きな人…いないの?」

「…」

 軽く、友達として彼に聞くつもりだった。


「(ああぁ!質問の仕方間違えたっ!)」

 これではまるで告白前にする質問ではないか、と芳子は真顔を保ったまま心の中で叫ぶ。


「ああ、いない…かな」

 悩んだフリをして答える三郎。


「(いるって言った方がよかったのか?!わかんねぇ!)」

 数々の恋愛ゲームを攻略してきた彼でもわからない状況だった。



 絶対に好きだと言えば引かれてしまう、考えれば考えるほどネガティブ思考になる二人。

 不器用な性格で、不器用な反応しかできない。

 手を伸ばせば届き、言葉にすれば叶うことなのに。




「…じれったい」

「優子ちゃん…もしかしてあの二人…」

 実は廊下で身を潜めて二人の様子を伺っていた優子と琢磨。

 さすがの琢磨も状況を把握できたようだった。


「そんな…」

「小田君、あなたまさか…芳子の…」

 小窓から覗きながら寂しそうな声を漏らす琢磨。


「サブ…」

「え、そっち?」

 友達として相談してほしかった彼だった。


 すぐ目の前にいるのに視線すら合わさない三郎と芳子。

 優子の推測。


 恋の相手として意識するようになったが、絶対に友達以上としては見られていないという勘違いから行動に移す勇気が沸かない。

 その前に何故あの二人は想い合うようになったのか。


 簡単な話だ。


 お互いがお互いを必要とし、いつまでも一緒にいることを望んでいるから。

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