第18話 佐藤君と鈴木さんの始まり

 吉田美和は下校する生徒から注目を浴びながら彼の存在を探していた。

 中学時代、陰キャラでいるのかいないのかわからないほど影の薄かった三郎をこの中から探し出すのは至難の業。

 彼女は正面からやってくる薄く髪を茶色に染めた女子生徒達に声をかけた。


「こんにちは、吉田と言います」

 ゆっくり頭を下げて自己紹介をする。


「あの、佐藤って名前の男子を探しているんですけど」

「は?アンタ佐藤君の何?」

 彼女達は自分よりはるかに可愛い美和に警戒する。


 女子生徒達の今の台詞から簡単に推理し、彼女らが思っている人物とは違うと判断する。

 もしかすると質問する人を間違えたのかもしれないと不安になる。


「いえ、あなた達が思っている人ではなく、一年生の佐藤君です」

「だから佐藤君じゃん」

「…いえ、ですから…」

「何?佐藤君のストーカー?」


 誰があんなオタクをストーカーするか、と大声でツッコミそうになる美和。

 きっと彼以外に同じ苗字を持った男子がいるのだ。


「佐藤君もモテて大変よね」

「あはは、それ贅沢な悩み~!」

「…」


―――違う人の…はず。


「あの…その人の下の名前って…」

「三郎」

「んはっ!」

 一年という数少ない生徒の中で同姓同名がいる可能性は低い。

 それでも美和は彼女達が話している内容を素直に受け入れられることができなかった。

 その低い可能性がここにあるんだ、と。






「俺に?」

「うん、たぶん佐藤君で間違いないと思うよ」

「んんん??」

 三郎と芳子は顔を合わせ首を傾げる。

 彼は地元を離れた身、他校の知り合いなどいない。


「人気者は大変だね」

「おいおい…」

 他校の生徒に好意は寄せられても告白まではされたことのない三郎。

 同じ学校の女子に交際を求められても、人との付き合い方がまだわからない彼は今のところ全て断っている。



「誰だろう」

「あ~っと、吉田って言ってたかな」

「…」

 三郎の顔が一瞬で青くなる、当然それを芳子は見逃さなかった。

 この地にそんな名前の知り合いなどいない。


―――そう、この地には。



「了解、ちょっと言ってくるから鈴木は続きやっといてくれ」

「佐藤」

「なんだ」

「…いや、なんでもない」

 何かを悟った芳子だが言葉を選ぶことができない。


「ちゃんとやってろよ」

「…ああ」

 三郎はノートを指差して席を立ち、呼びに来てくれた女子にお礼を言って教室を出る。



 彼女は一体何をしに来たのか。

 以前行なわれた同窓会を欠席をした時はまだ過去と戦う勇気がなかった。

 不安定の中芳子に救われたことを三郎は忘れていない。

 今ならきっと向き合えるはず、と彼は重い足を動かした。




「芳子~、芳子っ!?」

「…何」

「芳子までどうしたのよ…、佐藤君もすごい顔ですれ違ったし…」

 これは三郎が解決すべきこと、乗り越えるべき試練、複雑な考えが芳子を襲う。

 何もできない、何もしてはいけない。



「芳子」

「…?」

「詳しくは話さなくていい、最低限でいいから」

「優子…」


 彼がオタクだったことは話さず、ただ変わろうとし地元を離れてやってきたことを優子に伝えた。

 クラスの女子が言っていた吉田という人物を芳子は知らないが、おそらく三郎を変えるきっかけを作った張本人だと推理する。

 そう思ったのは、その名前を聞いた時に見せた彼の表情だ。



「芳子、違うんじゃない?」

「…え?」

「何かはわからないけど、確かにこれは佐藤君自身が解決しないといけないこと」

「それはわかってる」

「でも彼は一人じゃないんだよ」

「…っ」

 一人で何とかしようとしていることが間違いだと優子は悩む芳子に伝えた。


「友達が困っている時は…」

 周りを見渡し、誰もいないことを確認した優子はゆっくりと眼鏡を外す。


「助けてあげなきゃ」

 そして手を伸ばし芳子の眼鏡も奪い取る。


 お互い困っていたらサポートする、これまでもそうしてきたじゃないか。

 悩むことなんてない。

 芳子は優子と向かい合い、いきおいよく髪留めを外した。







「…うそ」

「久しぶり、吉田さん」

 美和にとって今まで生きてきた中でトップ3に入るほどの驚く光景だった。

 三郎が現れた時は別人かと思ったが声と彼女を知っていることで彼本人で間違いないと判断できる。


 地味でオタクで気持ち悪いとしか思っていなかった彼がイケメン男子に変わっている驚きは半端ではない。


「ほ…本当に佐藤君?」

「ああ、だから久しぶりって言ったじゃん」

 わかっていても聞き返してしまう美和。


「…驚いた」

「そんな顔してるね」


 彼にひどいことを言った罪悪感はすっ飛んでしまっていた。

 ただ美和の中で人としてもっとひどい思いが生まれた。


―――もったいないことをした、と。



「いろいろ話したいことがあったの、今からどこか行かない?」

「…」

「それにひどいことを言ったことについて謝罪もしたいし」

「…」

「そうだ、これからも連絡取り合おうよ」


 三郎は知っている、この女の性格が捻じ曲がっていることを。

 変わった彼に謝罪の気持ちなんてこれっぽっちもない、あるのはきっと…下心。


「謝罪なんていらない」

「いや、でも辛い思いさせちゃったしっ」

「…ああ、本当に…な」

 少しずつ穏やかに済ませようとした心が憎しみを思い出してくる。

 怒鳴りつけてやりたい、今の自分なら【今更後悔してんじゃねぇよ】と言ってやれる。


「あんだけのこと言っておいて今更…」

「あれ、佐藤君じゃん」

「ほんと、何してんの?」

「え…、んほっ!」

 ふいに声をかけられ振り返った彼は思わず驚きの声が口から漏れてしまっていた。

 そこにはとてつもない美少女が二人立っていた。


「何この女、佐藤の知り合い?」

「おま…おまえら…、いやその前に浮気現場に遭遇した恋人かお前は」

 失礼にも美和に指差したのは芳子、その横には制服を少し乱し腕を組んで立っている優子がいた。


「おい…あの可愛い子達誰だよ…」

「この学校にいたっけ…」

 野次馬共が騒ぎ始める。

 当然自分が一番可愛いと思い込んでいた美和も驚きの表情をしていた。


「佐藤君の彼女、なわけないよね~」

「あ…あぁ、もちろん」

 彼は知っている、実はこの女がBL大好きの地味系女子だということを。


「佐藤、アタシら置いて帰るなんてひどいじゃない」

「ああ…、すまんな」

 彼は知っている、実はこの女が子供向けのアニメが大好きな地味系女子だということを。


 芳子は右、優子は左、彼の腕に自らの腕を絡み付けて見下すように美和を睨みつける。

 アンタなんかお呼びではない、と言わんばかりに。


「佐藤君…この子達は?」

「…えっと」

「友達」

「友達」

 彼の変わりに答える二人。



 助けに入ってくれたことくらいは理解できる。

 だが行動が極端すぎて頭が痛くなってしまう彼。


「手を貸しただけだよ」

 誰にも聞こえないよう耳元で三郎に囁く優子。

 だからあとは自分で何とかしろということだろうと彼は受け取った。




「遠いとこ来てもらって悪いが、約束があるんだ」

「そ…そう」

 どんな予定あっても美和の誘いを断るような男子はいなかった。

 それを知っている彼ができる些細な仕返し。



「それはそうと佐藤君、カバンは?」

「あ、やべ教室だ」

 両腕にくっつかれている彼は優子に言われて自分が手ぶらだということに今気がついた。


「取ってくるわ、吉田も悪いな」

「ううん、急だったし、今日のところは帰るね」

 今日のところは、その言葉が少し引っかかったが構わず彼は再び校舎内に戻っていった。





「ねぇ、あなたは…」

「うん?」 

 背を向けた美和は小声で芳子に問いかける。

 優子は家に電話しているため少し距離を取っていた。


「佐藤君のこと好きなの?」

「ん…お…ほ?」

 思わず素が出そうになるのを必死に堪える芳子。


 地元を離れて行った彼。

 ひどいことを言われていなくなってしまった三郎を誰も何も思わなかった。


「佐藤君がいなくなったらどうする?」

「え…?」

「ごめんね何でもない、それじゃあね」

 意味深で特に意味のない言葉を捨てて去っていく美和。



「あれ、あの子帰ったんだ」

「…」

「芳子?」

 通話の終えた優子が戻ってくるとそこには目の細い芳子が大きく瞼を開けて突っ立っていた。

 ひどいことを言われたような表情ではない。

 ただ、何かに気づかされたような顔をしていた。




 教室に入りカバンを持ったと同時に三郎のスマホが鳴り響く。

 逆の手でポケットから取り出してメッセージ画面を開く。


 それは教えたはずのない彼女からのメッセージ。


『佐藤君、人気者になっててびっくりしたよ』

 美和にアドレスを教えたのは彼の母親だった。


 いらぬことをした親には後で怒りの電話をすることにして、とりあえず三郎はメッセージの続きを読む。



「…」

 力が抜けて手に持っていたカバンが落ちる。

 彼はスマホ画面から眼が離せなくなっていた。



『もしかして今、佐藤君の好きな人って…』



『彼女達のどっちか?』


 この送り主の女には一生残るほどの辛い思いをさせられた。

 それから変わろうとして必死になってやっと変わり始めた。


 辛い出来事がいつの間にか彼の中で【思い出】という言葉になっていた。

 それはきっと芳子と出会ったからこそ生まれた言葉。





「やっべ…マジかよ」

 芳子がいたから彼は変われた。


「うそ…でしょ…」

 三郎がいなくなってしまった想像をして胸が苦しくなる彼女。



 二人が恋に気がついた瞬間だった。

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