第17話 過去の人
この物語には一人、忘れてはいけない人物がいる。
吉田美和、三郎を変えるきっかけを作った高校1年生の女子。
『す…すす好きです』
今でも忘れない地味でオタクの彼の告白。
中学時代数え切れないほどの告白を受けてきた彼女、当然高校に入ってからもそれは変わっていない。
もう誰から交際を求められたかわからないほどの彼女は一つだけずっと引っかかっていることがあった。
それは決してアニメや少女マンガのように本当は彼のことが気になっていたなどということではない。
『オタクは嫌だな…』
あの時咄嗟に出てしまった本音、その後の後味の悪さ。
フッた相手にも優しく振舞い、誰からも好かれることを生きがいにしている彼女。
なのに唯一一人だけ例外がいた。
思っていたことを口に出してしまった人物こそが三郎だ。
彼に声をかけるようになったのは、暗い生徒にも気軽に声をかける吉田美和は美しい心の持ち主だと周りから思わせるために取っていた行動。
それから彼は彼女が声をかけても避けるようになった。
一人くらい嫌われても構わないと思っていた彼女はその後、人気のある不良の男子生徒と付き合いだした。
まぁそんな性格をしているため一ヶ月も持たなかったが。
簡単に言おう。
今でも美和が彼のことを気にしている理由は、
―――後味が悪くて、モヤモヤするだけ。
「ごめん佐藤、もう一回言ってくれ」
「それを5回くらい言ってますよアナタ」
それはもういつもの光景と言っても過言ではない。
誰にでも優しく頭のいい不良として人気者の三郎は今日も成績の悪い地味な女子に勉強を教えていた。
「だからそこの公式を使って、こう解いたら…ほらっ!」
「なるほど、もう一回言ってくれ」
「誰かこのアホなんとかしてっ!」
芳子にとって平均点は夢のまた夢、赤点を免れるようにするだけでも必死と言える。
不良が眼鏡をかけた頭の良さそうな女子に勉強を教えているなんていう違和感。
「今日も苦労してるな…サブ」
「小田…助けてくれ」
帰宅準備が終わった琢磨がカバンを持って二人の様子を伺いに来る。
「芳子ちゃんって昔から勉強が苦手なのか?」
「まあね!」
「鈴木、その自信満々な返事やめなさい」
芳子は勉強が苦手なわけではなく、これまで一度も学業に励んだことがなかっただけ。
「アホすぎて大変だわ」
「見た目がアホな佐藤に言われたくない」
「お前は中身がアホじゃないか」
「あぁ!?」
「あぁ!?」
琢磨はこの二人のやりとりを見ているのが好きだった。
「って、そこ違うって」
「え?どこ」
「ここだ」
「あ…ここか」
彼は三郎と芳子のおかげで喧嘩をするほど仲がいいという言葉を信じられるようになった。
「んじゃ俺は用事あるから先に帰るな」
「おう」
「じゃあね小田君」
最近、仏頂面の琢磨に笑顔が増えてきたのは間違いなく彼らのおかげだろう。
もちろん本人もそのことを理解し感謝している。
「んでさ、鈴木」
「ん?」
「それは何だ…?」
三郎の指差すもの、それは放課後になってもずっと寝ている芳子の隣の席にいる優子。
今日一日ずっとボーっとしていた彼女に【どうしたのか】と質問してもいいものか彼は悩んでいた。
「夜通しBL小説読んでたらしいよ」
「…質問しなくてよかった」
その手の話題を振ってしまえば優子のBLについてのマシンガントークショーが開催されてしまう。
「だからさ…寝かせてあげて」
「そんなずっと戦い続けて寝ていなかった主人公を優しく見守るヒロインみたいな言い方されても困ります」
優子の相変わらずの残念さに二人は大きくため息をついた。
「今はこっちの残念な女を何とかしないとな」
「よろし…誰が残念な女か」
ツッコミを入れながらも芳子は彼に逆らわずペンを握り締めるのであった。
「意外と都会ね…」
電車を降り、改札を抜けた美和は思わず田舎者のような行動を取ってしまっていた。
テスト期間最終日、学校は午前で終わり彼女はすぐに着替えて地元を離れた。
軽くウェーブのかかった茶髪、露出の高めの服装、そしてモデル並の体型をしている彼女は注目を浴びていた。
可愛くて性格のいい吉田美和。
ナンパをされても優しい笑顔でお断りをする。
「(100年早いわ)」
だがこれが現実、本性である。
何をするにしても計画を練ってから行動する彼女はもちろんここに来るためにいろいろ手は打ってきた。
『驚かせようと思って』
爽やかな笑顔でそう言ったら彼の母は何もかもを教えてくれた。
住所、通っている高校、電話番号、三郎の全ての情報を手に入れたと言っても過言ではない。
そして彼に会い、あの時のことを謝罪して終わりにする、それからは会うことはない。
彼女にひどいことを言った罪悪感は全くない、全て自分のためにしていること。
何もかもを完璧にしたい美和はただスッキリしたいだけなのだ。
「(そもそもあんな眼鏡オタクをいつまでも気にしているのが嫌なだけ)」
彼の通う高校は駅からそう遠くはない。
美和は地図アプリを開いて学校名を入力し足を動かした。
―――当然この時の彼女は知らないのだ。
佐藤三郎がもう昔の彼ではないことを。
注目を浴びながら校門前で人を待つ美少女。
そしてそれを知るわけもなく教室で女子に勉強を教えている彼。
「教室にいたんだ佐藤君、校門前で女の子が佐藤君のこと探してるよ」
「…え?」
クラスの女子が彼を呼びにきたと同時に試合開始のゴングが鳴ったのだった。
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