呼応

朱音海良

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聞き心地のよい音だけを拾って聞ける人間は幸せだと思う。私はそんなに器用に綺麗に生きられる人間じゃないしましてや自分に向けられる悪意や嘲笑には敏感なほうであった。見た目の美醜や言動のズレ、殊に人間はそういったことで区別したがるもので区別をした上でまた仲間で固まりはみ出している者を笑うことで安心感や優越感を得て暮らしているのだから仕方がない。だがそうだと分かっていてもそれらを不愉快だと思うことには変わりはないし、そのように達観したようなフリをしている自分を愛せているわけではなく寧ろやはり自分はそういった輪には入れないのだという事実を何度となく見せつけられるのがどうしようもなく嫌だった。そういう人間を内心では馬鹿にしているわりには羨ましいという気持ちが浮かんでくるのを感じることがあった。さながら井戸の中から見上げる空のように手を伸ばしても得られない、自分から遠く離れた物はそれが実物は大したことなく普通の人からすればどうでもいい日常生活の一部だとしてもなぜだか無性にキラキラとダイヤモンドの如く輝いて見えるのかもしれない。

自分にないものを持っていて強く煌めいて見えると言えば私の恋人春風つくしもそういう人間であった。彼女は最初は友人の友人でその時は特にどうという感情も持ってはいなかったのだが、彼女といると必要なアドバイスを良いタイミングでくれたり私が好きそうな作品を見せてくれたり特に誰にも褒められたことがなかった下手の横好きである歌を好いてくれたりとそういうちょっとした居心地の良さに甘えてしまい気がつけばいつの間にか私たちは“そういう”関係になっていた。特にどちらがアプローチしたわけでもないが周りにも私と彼女はセットだという認識をされていて2人きりで居ても誰も不思議がったり違和感を持たなかったようだ。

しかし、私は最近少し不安に思うことがある。私は彼女に魅力を感じているが、彼女は私のどこを気に入って一緒に居るのか。誰が見てもペアだと思われるほど傍に居るのはどこかしら私に良いところがあるからだろうが、自分にそんな部分があるようには思えないしないからこそ今まで人の輪に長く居られるのが難しくそれを横目に見て過ごしていたはずなのに手から零れる砂塵のように通り過ぎていったトモダチというヒトガタたちには評価されなかった私という砂粒を彼女はわざわざ拾い上げて今日も隣でふわりと笑いかけているのは一体どうしてなのか。

自分のことが全く嫌いなわけではない。興味を持ったことにはとりあえず挑戦してみるフットワークの軽さやそれが向いていない事で上手くいかなくなって結果辞めてしまってもまぁそんなものかと後腐れなく手放せるある種の諦めの良さもずっとそれを悔いて嘆くよりは健全だと考えているし少し囓ったことで話題として残せるのは他人との接点として使えるのが便利だと思う。ただそれらの自分では長所に感じる事柄も悪く捉えれば集中力や探究心に欠け世でいうにわか状態で好奇心だけを持った粗野な人間と思われることもある。生きていくだけなら楽な気質だが人からの評価を鑑みるならばあまり褒められた性質ではないかもしれない。___それでも私は自分のことを完全に嫌うことはなかった。重きを置くのがコミュニケーションだったなら生きにくい心根を持った自分を恨んだかもしれないがそういうわけでもなくいつでも私の心の中心は自分でしかなかったために自分が過ごしやすい環境を好みそういう身の振り方をし続ける生き方が楽でまた他人から見ればなかなか舵が取りにくい人間性に拍車をかけていたようで、それを直すわけでもなくなんとなくで過ごしてきたこれまでを振り返ると彼女が何故そんな私に飽きもせず呆れもせず付き合ってくれるのかという疑念は到底晴れることなくその濃霧は常に頭に纏わり付いて離れない。

あぁ、また思考が堂々巡りしている。約束の時間までまだ時間はあるのだから待ち合わせ場所のすぐ隣にある縦長の店内がとても使いにくいが立地の関係かいつでも混み合っている喫茶店に入ろう。久しぶりに電車に乗ってこんな乗降客ランキングで上位に名前が載り、ましてや待ち合わせ場所のメッカで人が絶えず湧き出してくるところに来てしまったせいでより普段の孤独を鮮明に際立たせられたのだろう。店員に地下を勧められ席に着き一度店員を見失うと1階や2階にいる店員に呼びかけることが面倒になるので水を持ってくるタイミングで入る前から決めていた____というよりメニューを見るのも億劫なのでここでは毎回いつでもチャイを頼むことにしているわけで今回も同じ注文をして目を閉じた。隣のテーブルではアイドルかモデルなのか可愛らしい女の子が名刺をそばに置き顎にヒゲを生やした男と微妙にいやらしい質問をやりとりしている。さてはAV女優なのだろうか。耳栓の代わりにイヤフォンをつけ音楽をかけると周りの声は遠くなり自分と世界の間に薄膜が張るような感覚に安心する。やはりわたしは1人が好きなのだろうか。運ばれてきたチャイをストローで軽く混ぜると氷の転がる音が狭間の薄膜を揺らすがそれが破られることはない。今この薄膜を払えるのは彼女だけなのだから。

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呼応 朱音海良 @kairaxkogasa

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