びくに喰らうて

エリー.ファー

びくに喰らうて

 一歩だけ進み、二歩目から静かになる。

 三歩目で後ろを見てから、四歩目で自分の足の影を見る。

 五歩目になったら、もう何もない。

 あとはそのまま校舎の影の外線を踏み鳴らしながら、その歩幅を数える。

 人に振り向いてもらうには、こういうことを繰り返さなければならないそうだ。よく分からないが、そういうものらしい。考えつく限りのことをしてみたけれど、このような呪いじみた行為に頼るほかなかった。

 相手のことは別に好きではなかった。

 ただ、振り向いてくれさえすればよかったのだ。

 そのための時間だった。

 この学校の生徒会長になり、多くの男子生徒から告白もされ、それこそ楽な人生だとは思う。勉強もできるし、ある程度家は裕福だ。しかし、裕福だというだけで別段、家の中が温かいということはない。

 むしろ、冷めきっていて。

 もっと言うのであれば。

 熱なんて最初からなかったとすら思う。

 そういうことが、私の生き方を染め上げている。

 女子高生として、女子高生らしい、女子高生のような生き方。

 真似するべきだったかもしれない。

 真似をすることに努力するべきだったかもしれない。

 いわれのない、罪を被せられたり、嫉妬を浴びせかけられたりすることもあったけれど。

 そういうことも含めて、このまじないに結局行きついてしまったというのなら、それも一つの道だったのだと思う。

 私は校舎の中に誰の影もいないことを確認する。

 それもそのはず。

 このまじないは半分は成功していた。

 いつものような町が広がるのに、そこにはもうあたししかいない。

 町だけがどこかへと飛ばされて、私もそこに乗せられた。

 校庭の中心には、黒いマネキン。

 白いスーツに白い帽子をかぶった。

 黒いマネキン。

 噂通り、私に向かって後ろを向いていた。動くこともなく、そのまま止まっていた。

 私は少しずつ近づき、自分の心臓の鼓動が早まっているのを感じていた。太陽も、それこそ、夕日も、月も、雲も雨も雷も。そのすべてがない交ぜになったような光景の中で、少しだけ自分の生きている感覚だけが、如実に自分を奮い立たせる。

「あの、すみません。」

 私が声をかける。

 黒いマネキンは少しだけ震えると指先を曲げて見せる。

「どうしました、お嬢さん。」

「振り向いてくれませんか。」

「僕が振り向いたら、お嬢さんを食べなければなりません。」

「知ってます。食べて欲しいから、貴方を呼び寄せて振り向かせようとしているんです。」

「振り向いて欲しいというのはまた中々面白いことを言いますね。」

「面白くもなんともないんです。私は真剣です。」

「僕も真剣です。もう、何人も女子高生を食べてきました。おそらくは、千人以上。そこから先は覚えていないもので。」

「そんなに手馴れているならさっさと食べて欲しいです。お願いします。」

「余り、急かされても困ります。」

「妹を食べたのに、私は食べられないんですか。」

 黒いマネキンは拳を作って一度、振り向こうとしたようだったが、何か躊躇う理由でもあったのだろう。やはり動きを止めた。

「僕から見て妹さんは、とても純真でした。」

「私は違いますか。」

「はい。計算高い女のことが僕は嫌いです。」

「もう、出入り口は閉じてしまいました。私は一生ここに取り残されたということになります。だから、早く振り向いてください。もう、今やるのも、後やるのも同じことでしょう。」

 私は妹の顔を思い出して首を振ると、黒いマネキンの白いスーツの裾を引っ張った。

 マネキンは微動だにしなかった。

「全部、妹に勝ってきたんです。自殺にまで追い込んだのに、まだあの子はあたしに勝とうとするんです。お願いします。最後もあたしに勝たせてください。」

「お姉ちゃん。」

 その瞬間、あたしの服の裾を誰かが後ろで引っ張っているのが分かった。

 そして。

 黒いマネキンが振り向く。

「妹さんは、お姉さんのことが大好きだったそうですよ。」

 知ってるよ。

 だから、あいつが嫌いなんだよ。

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