美しい調べに

 「確かにこの国では原理主義によるテロと内紛が問題となっております」とモンブラン王子は神妙な顔で言った。

「何度も僕もことにあたっています。しかし現状、叩いても叩いても問題は起きるばかりです。ただのもぐらたたきです」

「起きたことを責めるつもりはありません」と僕は言った。

「ただ、ともに考えなくてはなりません。我々が使うエネルギーは全て過去の死者から成り立っているのです。これからもテロは無差別に起こっていくでしょうね。防衛を強化するとともに、一緒に新しい歴史を作りましょう」

「もちろんそのつもりです」とモンブラン王子は言った。


「大丈夫かしら、彼」とグロリオサが城のベッドで寝ころびながら言った。

「ディーン王子のこと?」

「彼は大丈夫よ、放っておいても。フレイルのモンブラン王子よ。マスクは甘いけど、ことがことだし、あの国は物騒な気もするし心配だわ」

「条約を締結して世界規模でテロを防ぐ流れにはなりそうだね。うちの軍を派遣することも当然視野に入れている」

「まあダムもあるしそれと一緒に恩を売るのね」

「政治は慈善事業じゃないからね」

「わかってきたじゃない」と彼女はにやりといった。

「これでも僕、昔は科研費を毎年採っていたテニュアトラックだったんだよ?」

「ああはいはい」と彼女は興味なさげに言った。

「でもこれで少しは世界が安定するといいわね」と彼女は寝ころんだ。ベッドの中で猫のように丸くなる。

「そうだといいけどね」と僕はベッドの中に入った。

「今はしないね?」

 僕らは暗闇の中で交わった。


 二年の月日が流れた。時はキッシンジャー様が言うように、僕たちのいろいろなものを壊し、流し、あるいは残していった。式典ではずっと讃美歌が流れていた。国を挙げてのお祭りになり、店はどこも10日も休み。しっちゃかめっちゃかの騒ぎになった。グロリオサが男児を生んだのだった。

テロから二年経った今、色々なことがあった。国のエネルギーに関する研究は進み、新しい分野として建築業が生まれた。雇用は一気に拡大した。この国には新しい『肩書』の人が増えた。

僕は危機管理マニュアルを作成し、テロに関する防衛法も作った。フレイルにはダムの水とエネルギー売った。オータスの国とフレイルと三国での対テロ同盟も組んだ。


悲しみに暮れ、ピリピリした空気が国を覆っていたが、グロリオサが男児を生んだことで少しだけ国が活気づいた。

「男の子ですって、よかったわね」

「ああ」僕はグロリオサを抱きしめた。ただそうするしかできなかった。

「ありがとう」

「何をいまさら」彼女はいつも通りだったが、僕は生まれて初めて泣いた。


 式典の日には讃美歌が流れたが、同じ歌を「空」も歌っていた。

「どうせなら合わせちゃいましょうか」と指揮者が提案した。空に合わせてオーケストラが鳴った。



ベイビー、私は以前ここに来たことがある

この部屋も見たことがあるし、この床も歩いたことがあるんだ

君と知り会う前は、私はずっと一人で住んでいたのだ

マーブルアーチの上で君が旗を掲げるのを見た

しかし、愛は勝利を見せびらかせるようなものではない

愛は冷たく脆いモノなのだ、だからこそ救いを求め主を讃えるのだ

ハレルヤ、主に感謝し、喜びと賛美を

そういえば、君に教えられた時があった

(目下で本当は何が起こっているのかを)

だが、もう君は私の前に姿を現さなくなった、違うかい

私が喜びを覚えた時のことを思い出させ

聖なる鳩は飛び立ち

私たちから出た息吹すべては神を讃えるものだったのである

ハレルヤ、主に感謝し、喜びと賛美を


僕も歌った。グロリオサも口ずさんでいた。


主は我々の真上におられるのかもしれない

しかし、私がこれまで愛から学んできたものというのは

君よりも銃を抜くのが早い者をいかに早く撃ち殺す方法だった

君が夜に聞いたのは、誰かのすすり泣く声ではない

それは光を見たものではないのだ

それは冷たく脆いモノだ、だからこそ救いを求め主を讃えるのだ

ハレルヤ、主に感謝し、喜びと賛美を


 「この子、名前はどうするの?」新しい命を抱いて美しい彼女が言う。

「キッシンジャー。あの世界で最も尊敬できる人から名前を借りよう。キッシンジャー・クローバー」

「いいわね。早速ディーン様に許可をもらいましょう」

「そうだね」と僕は頭を撫でた。

「そうしよう」

 今ただ、この美しい調べに耳を傾ける。それはかつて、僕が尊敬する人物が最も愛した人の詩(ことば)だったのだ。


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Beautiful Harmony 阿部 梅吉 @abeumekichi

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