虹
虹が出た。久しぶりに見たせいかとてもきれいに思える。空も綺麗な水色だ。この国では誰かが死ぬと虹が出るのだ。僕はシャチの姿のまま移動した。
「ねえ私、詩を書いているのよ」と誰かの声がした。
「へえ? どんな?」ともう一人、誰かの声がした。
この世には秘密のコードがあると聞いたことがある
それはダビデが奏でたもので、主を微笑ませた
でも、皆そこまでこの音楽に繊細ではない、そうだろ
そのコードはこういう風に刻む
4度、そして5度の和音、短調で下げて長調で上げていく
困惑しながら王は、主を讃える曲を作ったのである
ハレルヤ、主に感謝し、喜びと賛美を
君の信仰心は篤い、だがその証を欲した
君は屋根の上で入浴する女を見かけた
彼女の美しさと月明かりに照らされる姿に君は誘惑された
彼女は君をキッチンの椅子に縛りつけると
王座を破壊し、君の髪を切った
それから君の唇から主を讃える言葉を導き出したのである
ハレルヤ、主に感謝し、喜びと賛美を
ああそうか、と僕は納得する。
この曲は、ディーン王子のおばあさまがずっとキッシンジャー様を守っていたのだ。
キッシンジャー様の魂を定着させたのは政府の策略だった。
しかし病弱な彼女がなんとか子供を産めたのは、そうだ、きっとキッシンジャー様の計らいに違いない。
そうだ、我々は誰かの意志で生まれてきたのだ。かつてキッシンジャー様とその奥様が命を懸けて子供を作ったように。
主は我々の真上におられるのかもしれない
しかし、私がこれまで愛から学んできたものというのは
君よりも銃を抜くのが早い者をいかに早く撃ち殺す方法だった
君が夜に聞いたのは、誰かのすすり泣く声ではない
それは光を見たものではないのだ
それは冷たく脆いモノだ、だからこそ救いを求め主を讃えるのだ
ハレルヤ、主に感謝し、喜びと賛美を
城に戻るとグロリオサがちゃんと元の姿に戻っていた。城は中も外もぐちゃぐちゃだった。余震のせいもあるし、内部クーデターのせいもある。
「無事だったのね」彼女の第一声だった。僕はなんだか泣きたくなった。
「ああ」僕はね、と言いかけてやめた。彼女は僕に抱きついた。
「ありがとう。中の様子は?」
「少し混乱が収まったみたい。でもごめんなさい、私、二人だけ殺してしまったわ」
「ああ、人質に取られていたんだろ?正当防衛だとおもうよ」
「そうかしらね。わからないわ。多分そうね。ナイフをつきたてられたから、ナイフごと食べちゃったの。ちゃんとかみ砕いたあとで捨てたんだけど死んじゃったわ……」
「そうか。怪我はなかったか?」
「おそらく大丈夫よ……あなたは?」
「僕は大丈夫。けど、ディーン王子は死んでしまった」
「えっ」彼女が悲鳴を上げた。
「そんな」
「彼はキッシンジャー様を守り抜いて死んだよ」
「なんで……」グロリオサの顔が青ざめた。その瞬間、ザザとノイズの音がした。
「ジャン王子、キッシンジャー様が死んだ」なんと、その声の主は、
「ディーン王子?!ディーン様なのですか?」
「ええ、間一髪でおじいさまを守れませんでした。僕があの人を守るために使った魔力より、あの人が坊を間もるために使った魔法が勝ってしまいました。まったく、おじいさまらしい」
「そんな……じゃあキッシンジャー様は最初からディーン王子が魂の再定着をするだろうと見越していたのですね」
「はいそうですね」彼は淡々と答えた……ように思えたが、
「すみません殿下、私からの報告は以上です」ディーン王子が微かに震える声で答えた。
「キッシンジャー様」その場でグロリオサは膝をつき、お祈りをした。
「どうか安らかに」
「ああ」僕はグロリオサの頭を撫でた。
「どうか安らかに」
ふと窓を見ると、空に文字が浮かび上がっていた。
いつも空が青いとは限らない。いつも空が静かだとは限らない。
夜になり、朝になる。また夜になり、朝が来る。待っていても朝は来る。待っていても夜は来る。
この世から、一人の人が消える。また一人、また一人。それは誰にも気づかれない。気づかれなくても起こっている。昨日まで一緒にいた人物が、今日になれば跡形もなく消えている。消えてしまった人は、もう残された人の記憶には存在しない。ただ、何かがいつもと違う、そんな印象を与えるだけだ。消えてしまった人はどこに行くのだろう。どうしてその人は消えなければならなかったのだろう。答えなど無い。それはただの、ほんの気まぐれのような偶然に過ぎないのだ。
その日、歌は鳴りやまなかった。
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