魂とこれから
嫌な予感がした。
くそ……なんで僕はこう、すぐに現場に向かってしまうんだ。つくづく自分の気の短さにイライラする。センブリに怒られても仕方ない。
城のみんなが死んだら僕のせいだな。
ザザ、とノイズが入った。
「キッシンジャーだ」無線が入った。
「キッシンジャー様?!」
「すまないが、城の者が何人か死亡した」
「え?!」いやな汗が流れた。予感は的中した。
「それくらいの人数ですか?オーバー」
「危機管理室の面々の半分くらいじゃ。フレイル出身の者がいたからな。そやつらが今回の騒動を起こしたのじゃ」
「じゃあ今危機管理室は……」
「半分が死亡した。ただし、申し訳ない、死亡したのはフレイルの奴らじゃ」
「え?!」これまたびっくりしてしまった。
「フレイル出身が死んだのですか?オーバー」
「左様じゃ。というか、儂が殺してしまった。申し訳ない」
「キッシンジャー様が?!」
「左様。実は貴人と連絡を取りたくてテレパシーテレビを繋いだら、目の前で貴人の妻のグロリオサがフレイルの者に人質に取られておった。儂はディーンに口寄せの魔法を使わせ、生前の姿に戻り、空間移動の魔法を使って貴人の城の危機管理室にお邪魔させてもろうた。あとであの部屋の暗号魔法を強化させると良いな。少々てこずったが、二度の詠唱で入れたからの。貴人の妻はなんとか一命をより止めたが、申し訳ない、主の城の者は儂が何人か殺してしまった。誠に申し訳ない」その言葉はいつものキッシンジャー様の重々しい雰囲気だった。おそらく彼は過去にも人を殺したことがあるのあろう、その重みを知ったうえで、あえて冷静に話しているのだ。
「儂はおそらくそうだな、あと持って数時間で魂の定着がなくなるだろう」
「どういうことです?」僕はさすがに頭が回らなかった。
「儂は魂の定着魔法の魔力でこの世に魂を置くことができていた。しかしそれは魔力あってのことじゃ。儂に魔法をかけた人物と儂の魔力があったから長く生きることができたが、今回の件で魔力を使いすぎたな。あとは普通の本として儂は生きることになる」
「魂があの世へ行ってしまうということですか?」
「左様。あの世なんてあるのかは知らんがの」
「もうこのように貴方と話すことはできないのですか?」
「左様。あと数時間でおそらく限界じゃろう。再度魂の定着を試みる方法はあるが、その魔力を使うためには多大な予算と犠牲が必要なのじゃ。儂の魂を定着させるくらいなら、ディーンが死んだときのために使う方が効率的じゃろう」
「ディーン王子はこのことを知っておられうのですか?」
「口寄せ魔法をしたときからおそらく予想はしているじゃろう。こんなことも予想できない奴に育てた覚えはない」
「王子はあなたの魂を再度定着させるつもりなのでは?」
「おそらくそうじゃな。しかしこの魂の定着魔法のエネルギーが死人の記憶エネルギーだと知った今、奴の心は揺れているに違いない。儂の魂は結局のところ、震災で死んだ人間によって成り立っておるのじゃ。皮肉なことにな。じゃから、奴は今、本当にこの国の未来に向けて何に投資するべきか、真剣に悩んでおるだろう」キッシンジャーは冷静に、一つ一つの言葉をかみしめるように言う。
「フレイルは貴人の国から150年前に分離した民族でできている国じゃ」とキッシンジャーは唐突に言った。
「儂の三番目の妻もフレイルの出身じゃった。彼女は歌をよく作っておったな。そういう才能のある連中がフレイルには多いのじゃ。彼ら自体にいい悪いもない。ただ、一部には記憶原理主義というやつらがおる。彼らは優れた多くの記憶をエネルギーに変換することを是とするのじゃ。神のためだか、国のためだかようわからんが、まあやることは大して変わらん。テロを起こすのじゃよ。発電所を壊したり、地震を起こさせたりな」
かつてグロリオサとともに発電所に行った時、二人で命を狙われたことを思い出した。
「そういえば、地震は」まだ本震が来ていない。
「大丈夫じゃ」
ザザ、とノイズがまた入った。
「おじい様ったら、まったく僕だけでも3地点は行けるんだから無茶しなくていいのに……」ディーン王子の声だった。
「バカ者、聞こえておるぞ。お前が現場に行き、儂が城に向かったから今回のことは止められたのじゃ。言動を慎めバカ者」
「こっちこそ全部丸聞こえでしたよおじい様。僕がなやんでいるかどうか、とかね」
「聞こえるように言っているだけだが?」他愛のない家族の喧嘩のように思えた。しかしそれは愛の応酬だった。お互いがおそらく泣きたくて叫びたくて仕方ないのだ。でも二人とも、そんな立場でもない。そんな時でもない。
「ディーン様、今どこにいます?」
「D地点です。Eも僕の部下が向かっているのでおそらく大丈夫でしょう。実際に本震はまだ来ていませんしね。しばらくポイントには見張りをつかせます。オーバー」
「それで、キッシンジャー様はどうするんです?」
「もう一度魂を定着させ治す。今回の件でおじいさまが優秀でこの国に有益なことが改めて分かったからね。まだ働いてもらうよ、残念だけど」
「それがお前の選択なのだな」
「そうです、おじい様」ディーン王子は極めて穏やかに言った。
「……僕の妻、レベーカはおそらく僕がいなくても大丈夫です。だから、」ザザ、とノイズが入った。
「だからこの国の未来をおじい様、貴方に託します」
「……バカ者が……」
キッシンジャー様が小さくつぶやいた。音声はそこで途切れた。
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