また君に逢えるまで

村崎 朱

君に逢えるまで

 悠久の時を生きるボクにとって、過ごす毎日は本当に退屈なモノに過ぎなかったんだ。これからの那由多の時を考えるとより一層うんざりしてしまう。



 この国は人間の世界で一番栄えた国。国土の殆どを砂漠が占め、商人の町でもある首都では交易が盛んだ。

 埃っぽい路地に露店が立ち並び、人間達が商品を求めてひしめき合っている。


 ボクは露店の端に布を広げて、果物の入った篭を並べた。あんまり退屈なんで昨日から果物売りを始めたんだけど、見慣れない果物を売っているせいかボクの店に人々は足を止めない。布に腰を下ろしのんびり人間観察をする。なんなら横になって眺めたいくらいだな。


「これはなんていう果物?」


 顔を上げると、女の子が黒い大きな瞳で熟れた桃を見つめている。身形から裕福な家の娘だろう。

 さっき神界で獲ってきたこの辺りでは珍しい果物だけど、前々から売るほど実ってるんだから少し位獲っても構わないだろうと思ってたんだよね。


「桃だよ。」


 ボクの顔を見て女の子は「あっ」という声を飲み込んだ。その表情からボクの事を知っているのがわかる。


「桃を頂けますか?」


「初めてのお客さんだから記念にあげるよ。

 いくつ欲しい?」


「・・・では、ひとつ。」


 欲のない娘だ。

 まあ、口にしたことない物を沢山欲しがる訳ないか。

 少女は桃を受け取ると、ペコリと頭を下げて足早にボクの前から走り去った。




 勝手に神界の果物を人間界で売り捌いていたことを豊穣の女神にバレて大変な目に合った。鬼の形相で追いかけ回されて危うく切り刻まれるところだったのを、好色な神に助けてもらった。彼には今度、人間界一の美女を紹介してやろう。




 また退屈になったから悠然と流れる大河の傍で、ごろ寝することにした。


 どのくらい時間が流れたのか、気がつくと目の前に黄金で着飾った女の人が立っていた。


 この間の娘だ。

 以前より大人になった様に見えるのは、人間がボク達より歳を取るのが早いせいだ。

 涙をいっぱいに溜めた黒い双眸、紅潮した頬と紅い唇。

 儚いからこそ美しい、その刹那の輝きは何よりも目映い。それが恋する乙女であれば尚更だ。


 思えばこれが初めての恋ってヤツなんだろう。ボクの心は一瞬で奪われたんだ。


 彼女はボクの名前を叫んで抱きついてきた。

 よくわかんないけどボクも彼女の体を抱き締めた。すごく幸せな気分で、まるで時が止まってしまったみたいだ。


「ゆ・・許さんぞ!!認めんぞ!!

 何処から湧いて出たんだ!!」


 湧いて出るって・・・。

 幸せな時間をぶち壊され、少しイライラしたまま相手を睨む。

 完全に二人の世界だったから気づかなかったけど、大勢の神々がボク達を取り囲んでいて、その中の一人のオジさんがボクを指差して激高していた。

 年はボクの方が上だろうけどね。

 彼は所謂いわゆる、聖仙といって修行で神に匹敵する能力を身につけた人間だ。

 昔からボクを毛嫌いしている。娘が沢山いるとは聞いていたけど・・・。


「お父様!首飾りが選んだのです!差し許し下さいませ!」


 お父様。やっぱり彼女はコイツの娘だったか。


「さあ、参りましょう。私達は夫婦となったのです。」


 彼女はボクの手を取り、神々の間を縫うように走り出した。金の宝飾品がぶつかる度に綺麗な音が鳴り、舞う羽の様に駆ける美しい彼女の背中に思わず見蕩れる。


「戻れ!!サティーーー!!」


 彼女の父親の声が追い掛けてくる。

 ボクの首に掛かっている白い花で編まれた花環はなわ。これが花婿の証らしい。

 彼女の話に寄れば、彼女はずっと前からボクの事を慕っていたけど、彼女の父親がボクを嫌っているので想いを秘めたままにいた。

 父親が集めた花婿候補の中に案の定、ボクの姿がなくて悲しんだ彼女は選ばれた花婿に掛ける筈の花環を宙に放り投げ、そこにボクが突然現れたそうだ。

 彼女は運命だとか奇跡だとか興奮していたけど、そんな姿もとても愛おしく思えた。


 美しい彼女との暮らしは今までの退屈なんか吹き飛ぶ程に楽しくて堪らなかった。優しいが故に正義感が強くて勝ち気な彼女に叱られることもあったけど、それがまた退屈しなくて済んだのかもしれない。本当に愛していた。

 この幸せが永遠に続くんだと信じて疑わなかった。




 ある日の早朝に、「実家の手伝いに行く」と彼女が言った。

「貴方も喚ばれているのでしょう?」と、聞かれたけど意味がわからなかったボクは曖昧な返事をし、その返事が気に食わなかったのか複雑な表情の彼女。ボクは肩を竦めた。


 夜になっても彼女は帰らなかった。

 凄く心配したけど、まだ怒っているのかとも思ったから迎えに行くのを躊躇ためらっていた。

 彼女の父親とも顔を合わせるのも嫌だったしね。


 ドンドンドンドンドン!


 突然、壊れるほど激しく扉が叩かれた。

 どんだけ怒ってるんだ?


 恐る恐る扉を開けると一人の聖仙が、滝の様な汗をかきながら立っている。

 彼はボクの肩を掴んで揺すぶった。


「落ち着け!」


「君が落ち着きなよ。」


「お前の妻が死んだ。」


 は?

 頭蓋を撲られる様な衝撃に眩暈がする。


「・・・え?・・・なんで?寿命?」


 いやいや、いくら彼女が人間だからといって22歳になったばかりだ。寿命だとしても短かすぎる。


「今日、神々を招いた盛大な祭があったんだが、お前の妻は夫であるお前が招かれていない事を侮蔑だと自分の父に抗議したんだ。」


 出掛けの彼女の表情は父親への怒りだったのか。


「父親は耳を貸さず、神々の前でお前を侮辱する言葉を吐き捨てた。

 お前の尊厳を護る為に彼女は自害した。」


 目の前の男の声が遠くに感じた。

 自害?

 尊厳?


「いや、だってその場に神々がいたんだよね?誰も蘇生術をかけなかったの?」


 彼は首を横に振った。

 ボクはハッとした。

供犠くぎ祭』

 神に供物を捧げる儀式だ。

 彼女の実家で行われたのは供犠祭。祭の真っ只中、自殺した彼女の魂はそのまま神への生贄となってしまったのだ。



 目の前の男が慰めの言葉を口にしてたけど、よく覚えていない。

 ボクは背中に白い翼を広げて彼女がいるであろうその場所へ向かい飛んだ。


 もしかしたらあの男はボクを謀っているかもしれない。彼は中立派だけど彼女の父親と同じ聖仙だ。

 ボクと彼女を別れさせる為に父親に遣わされたのかも!




 そんなボクの希望は直ぐに打ち砕かれた。

 ピクリとも動かない彼女の体を抱き起こした。黒焦げになっても美しい彼女。

 もう彼女の魂はそこには無かった。


「娘に触れるな!!」


 彼女の父親が槍を構えて叫んでいる。


「お前なんぞの嫁になったばかりにこんなことになったのだ!!この邪神め!!」


「・・・ふっ・・・ふふ。」


 混乱する頭。

 急に笑いが込み上げてきた。

 だってそうじゃないか。

 こんなヤツに嘲弄されようが罵倒されようがボクにとっては痛くも痒くもないんだから。

 どうしてキミが死ななければいけなかったんだ?

 ボクは貞淑で気高い妻を誇るべきか?


 ねぇ。キミが居なくなったらまた退屈な世界に逆戻りだよ。



 尚も浴びせ続けられる罵声。

 本当に煩くて仕方ない。


 ボクは躊躇することなく彼の首を跳ねた。

 信じられない位の血が雨の様に降り注いで、ボクの身体を翼を赤く染める。


「望み通り邪神になるよ。

 お義父様。」




 輪廻転生。

 転生輪廻。


 キミが生まれ変わるまで、退屈凌ぎにこの世界を壊し続けよう。




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また君に逢えるまで 村崎 朱 @snow888

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