この道が続く先には

「ずっと君を探してた」

 その声で、現実に引き戻された。

「――――そうだったんですか」


 もちろん。嬉しい。

 だが、あの女の人とはどうなったんだろうか。

 それを聞き出せずにいる私がいた。


 私はまだパーティーの片づけを済ませてくると言って、一度、政幸先生と別れて、会社のみんなのところに戻った。

「遅かったじゃん、美香」

「迷ってたの?」

 同期の子たちが次々と心配してくれた。


「まぁ、迷っていたというか。うっかり間違って外に出てしまってね」


 私は心配してくれるみんなには申し訳なかったが、事実を話せず、誤魔化した。

 そっかぁ、なんて言いながら、パーティーの後片付けをした。



 そして、お疲れ様会と称した打ち上げを早々に抜け出した私は、慌ててホテルのエントランスまで走った。


 待合のソファで誰か見知らぬ男の人と向き合って座る政幸先生。

「お待たせしました」

 私が声を掛けると、少し不機嫌そうにああ、と返答した政幸先生だったが、口にもっていったカップのコーヒーが減っていないことを考えると、相当心配してくれたのかな?


「本当は心配でたまらなかったくせに」

 そう対面に座っている中性的な男性がおどけて言う。その言葉に、むぅと唸りながらも否定しない政幸先生。


「ありがとうございますっ」

 私は反射的に頭を下げた。

「いや、構わない」

 政幸先生は変わらない無表情だったが、口調は少し柔らかくなっていた。



「あ、そういえば、初めまして」

 そういえば、対面の男性とは初めて会うような気がしたが、きちんとした挨拶をしていなかったことに気付き、改めて挨拶した。


 ――――が。


「フフフフフフ」

「――――――――」

 男性も政幸先生も大爆笑している。


 ん?

 なんか悪いこと言ったのかな、私?


「いやぁ。そっかぁ――――うん、ごめんね。由良さんだっけ?」

 対面の男性は本当に笑いが収まらないらしく、持っていたコーヒーカップを即座にテーブルに戻した。

「は、はい――――?」


 その笑いの意味は理解できなかった私に、男性は名刺を渡してくれた。


「あ、ありがとうございます。えーっと、《歯科衛生士・蔵人 美紀》――――って、え。えぇ?」


 忘れもしない、その名前。

 うん? っていう事は――――――


「こいつは男だ。趣味が女装、出身大学でのミス・・コン優勝者だ」

 政幸先生がご丁寧に解説してくれた。

「三度の飯よりも女装が趣味。一度は化粧品販売店を目指すも、歯に衣着せぬ物言いのおかげで、二ヶ月で首になった男だ」

 そういう私の目の前にはテヘヘ、と笑う美紀さんがいた。


『ま、若いもん同士、後はごゆっくりと』

 それから少し私と美紀さんは軽い自己紹介をし、そう言って(対して年齢が変わらないであろう)美紀さんは去っていった。




「すまなかった」

 二人きりになった後、政幸先生が謝ってきた。それが何に対してなのか、すぐに分かり、大丈夫ですよ、と私は答えた。


「もう一度、やり直してくれないか?」


 政幸先生は真剣な目でそう訊ねてきた。


「――――――はい」

 私はそう答えた。


 今度こそ、大丈夫だろう。


 私も数か月の空白がなかったように、これからもよろしくお願いします、と政幸先生に頭を下げた。


 そして、しばらくして、私は政幸先生と結婚した。


 まあ、各所に報告をした時、いろいろやっかみを言われたが、素知らぬ顔をしておいた。大先生や奥様、政幸さんもそれについて何も言わないところ見ると、正しい選択だったんだろう、多分。

 ちなみに、結婚した時に働いていたバイトちゃんにもパッと出の人間だと思われたみたいで、すっごい嫌そうな顔をされたが、奥様に事情を説明されたときの顔は見物だった。


 そして、就職した医療機器メーカーはそれから三年後に退職し、鹿野正則、鹿野政幸両先生の助手兼受付として再び、ナース服を着た。




 今日も当院へお越しくださり、ありがとうございます。

 当院は原則予約制で、平日は朝九時から夜の八時まで、休日は朝九時から午後五時半まで。なお、毎週木曜日と日曜日、祝日はお休みを頂いております。ご予約された時間に遅れることなきよう、お気を付けてお越しくださいませ。

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大学生・由良美香のアルバイト事情~そのバイト、恋愛禁止につき!~ 鶯埜 餡 @ann841611

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