第73話:秘められた言葉
広い家ではあるけれど、整理整頓はされている。そこまで思い至らないものだろうか。それこそ毎日掃除をしている、お手伝いさんに聞けばすぐに分かると思うのに。
彼女は彼女で、部屋の入り口にじっと立っている。こちらの話は聞こえているはずなのに、口出ししようとする気配はない。
「……クローゼットに、母の服がいくらかは残ってる。それ以外はこの部屋よ。不用な物は、全て処分してしまったの」
「そう、なんだ――写真を処分した記憶もないのよね? それならどこにあるんだろう」
そうだ。探し物なら、ミントが得意かもしれない。あれだけ臭いや音に敏感なら、警察犬みたいなことだって出来るはず。
「ねえミント。写真がどこにあるか、探せるかな」
「写真ってなんだ?」
「ああそっか。紙みたいな薄い物にね、さっきのカメラで見たままを写し取った物だよ」
説明してはみたものの、私が逆の立場なら絶対に理解出来ないと思った。普段当たり前に理解していることを、それを知らない誰かに教えるのはとても難しい。
「よく分からないけど、紙なんだな。それと女王さまの家族の臭いがするんだな? しかもこの部屋にはない」
「うん、そう。心当たりがあるの?」
家族の臭いがする紙。そんな物まで嗅ぎ分けられることに、まず驚いた。でもこの家には、そういう物ばかりではと次に思う。
けれどミントは、自信ありげに断言する。
「そうだな、それは一つだけだ」
ベネットたちは、私がミントと話すのをどう見ているのだろう。なにもない自分の肩に向けて、そこに誰かが居るように話す日本人。
聞かなくても、気味悪そうな表情は全く隠されていないけれども。
そんな二人はともかく、ミントが言った場所は意外なところだ。でも同時に、納得でもある。
場所が分かったと告げて、返事も待たずに走ってそこへ向かう。もちろん「どこなの?」と問われたけれど、答える前にその部屋の前へ辿り着いた。
いや、戻ってきた。ドロシーの部屋に。
「ここに? たしかにここは物置きになっていて、色々な物があったけど。越してくる前に空っぽにしたのよ」
「まさかここにも隠し扉が?」
ベネットの推測で、夫婦は揃って視線をあちこち走らせた。それはなんだかついさっき、ミントと話す私に向けられたのと似ている。
「そんなややこしい話じゃないわ。これよ」
蓋が開けられたままの、ビスクドールが入った木箱。私はそれが置かれたテーブルの脇に座って、丁寧に調べ始めた。
まずは蓋。箱状になってはいるけど、なにかを仕込めるほど厚い物ではない。それでも一応は表も裏も――。
「これ、おばあちゃんが彫ったの?」
「そうね、そうだと思う。それがあるから、それだけは売らずにおいたの」
「そう……」
蓋の裏には「ドロシーへ」と、短く文字があった。彫刻刀で、浅く何度も彫り重ねた跡。手の力が衰えてから彫ったのかもしれない。
それ以外には、特段に変わったところはなかった。蓋はカーペットの上へ、ゆっくりと大切に置く。
残るは本命。ビスクドールが入っているほう。人形たちにはちょっと出てもらって、ドロシーの眠るベッドの端に寝かせた。
その下はいわゆるビロードの布がかかって、綿でも詰められているのだろうか。柔らかいけれど弾力が強い。
布を剥がそうと、あちこち引っ張ってみた。もちろん破かないよう慎重に。でも接着でもされているように、箱から外れない。
「この下になにかあると思うの。無理に剥がしてもいい?」
「――仕方ないわ」
答えにほんの一瞬の間があった意味は、なんだろう。いや、気にしちゃダメだ。
お手伝いさんがボックスカッターを持ってきてくれた。それで縁を切り取る。中には綿が詰められているらしい、白い袋があった。
「あった……」
その袋も取り出すと、下に布張りの装飾が見えた。ドールの国で見た、あの本だ。
ん、他にもある。ビロードをなるべく傷付けないよう、箱を斜めにしたり手を突っ込んだり。
結局、全部で四冊の本が隠されていた。
「そんな仕掛けが……」
「どうして隠してあったんだろう」
「さあ――見せてもらうわ」
それぞれ装飾はバラバラだ。でもどれも、凝った造り。でもやはり気になるのは、あの一冊。
手に取って表紙を開くと、最初の白紙に手書きで文字があった。ひどく震えた、サインペンの文字。そこには、こう書いてあった。
かけがえのない、私の家族。私の全て。
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