第72話:グランマの空間

「お墓……もう亡くなって」


 ベネットは頷いて、窓の外遠くを指さした。その方向には墓地がある。


「ドロシーは会ったことがあるの?」

「あるにはある、この家だ。でも赤ん坊のころだよ」

「ここは、おばあちゃんの家――」


 手入れが良くて気にならないけれど、たしかにこの家は古そうだ。ぐるっと見回してみても、今は女の子の可愛い部屋としか見えないけれど。


「教えて、その人のこと。きっとなにか関係があるから」

「そう言われてもな――それほど変わったなにかがあるわけでもない」

「ええと、そうだ。人形を作る職人さんだったの?」


 ベネットは答えに詰まった。ここまではすらすらと答えていたのだから、そこのところだけ知らないわけではないだろう。

 キャサリンを窺う表情からも、なにか答えにくいことがあるらしい。


「仕事としての人形師ではなかったわ。あくまで趣味だって、母さん自身が言ってた。だからビスクドールもぬいぐるみも、その時に作りたいものを作ってたの」

「それでも買い手が付いたり、盗まれたりするほどだったんだ」


 言いつつ、ビスクドールに視線を落とす。

 真っ白な頬と、透き通ってどこまで底があるのか見えないほどの瞳。四人とも少しずつ違った色の髪も、生きて動いていないのが不思議なくらい。


「そうね。父さんが亡くなって町に住む必要がなくなったから、一人でこの家に越してきたの。それから作った物は、どれも生きているみたいだった」

「それから妻は僕と結婚して、娘が産まれた。結局お母さんが住んでいたのは、十一年だったかな? その間にドロシーと会ったのは、三――いや四回だ」


 キャサリンが迷いなく話すので、ベネットも話しやすいのだろう。合っているか確認しながらも、細かに教えてくれる。


「ああ、そうだ。そういえば、あれもお母さんからもらった物だよ」


 ベネットの指が指したのは、マギー。でもマギーはお店で買ったのだと知っている。すると彼が指したのは、時計ということになる。


「あの時計も?」


 言われてみれば、ぬいぐるみとセットになっている物としては立派すぎるのかもしれない。ぴかぴかに磨かれていて、古い物とも思わなかったけど。


「僕がもらった物だが、ドロシーが欲しがったことがあってね。この家に来た時に、譲ったんだ」

「ドロシーは前の家を離れて、落ち込んでいたものね」

「……そういうことだよ。なんでもお見通しだね」


 ビスクドール。時計。どちらもドロシーのおばあちゃんの物。キャンベルとファッジもだけれど、まさかお墓を暴いて連れてくるなんて出来ない。

 きっとこの家にある。まだなにか、私の知らない物が。


「ねえ。さっきビスクドールを取りに行ったのが、おばあちゃんの部屋?」

「え、ええ」

「その部屋を見せてほしい」


 そろそろ、いい加減にしろとでも言われるかと思った。私ならドロシーを助けられるなんて言ったのに、その兆しはない。

 しかしキャサリンは真面目な顔で「分かったわ」と案内をしてくれて、ベネットも異論はなさそうだ。

 それで通された一階の部屋は、とても広かった。ドロシーの部屋の二倍以上あるだろう。

 シーツなどは取り払われて、枠組みだけのベッド。人形作りに使ったらしい、大きな作業机。本や花瓶、置き物などの小物が置かれた飾り棚。

 すっきりとした、過ごしやすそうな部屋だ。


「本が――」

「見てもらっていいけど、たぶんここへ来てからの物ばかりよ」


 そう思う。背表紙を見ても、ドロシーの心を見せてくれたあの本でないのはすぐに分かった。

 気になったのは、作業机の目の前の壁。工具などを吊っていたらしいフックがたくさんあるのは分かるのだけど、その一部がぱかっと開いて、蹲った姿勢なら私も入れそうな空洞が見えている。


「あの隠し金庫みたいなのは?」

「元々ああいう壁だったところに、お母さんが扉を付けたらしい。住んでいるころから、そういうことがあったんだろうね」

「ビスクドールは、あそこにしまわれていたの。そんな心配があるなら、言ってくれれば良かったのに……」


 なるほどニッチ壁とかニッチ棚とかいうものだ。試しに閉めてみると、フックが刺さっている細い受け板で継ぎ目が見えなくなる。

 これならあると知らなければ、気付かなくても無理はない。

 まあこの二人が、言ってくれればどうにかしたのになんて、またどこかで聞いたようなことを言っているのには呆れてしまった。

 ドロシーにだけじゃなく、誰に対してもそうなんだなと。


「うーん、でもそれはドロシーとは関係なさそう。他にないかなぁ」

「なあなあ、あれなんだ?」

「ん? ああ、あれはカメラよ」


 飾り棚に鈍く光る、銀色の機械をミントが気に留めた。フィルムを使う古いタイプみたいで、よく見るデジカメとは形が全く違う。


「あ、日本製だ」

「それも母さんが大切にしていたわ。父さんの持ち物だったの」

「へえ。じゃあ、使いはしなかったの?」

「いいえ、母さんも使っていたわ。私たち家族で撮ってもらったりしたもの」


 そういう幸せな時間を切り取ってくれる写真。そんな物を見れば、この一家もその頃に戻れるのだろうか。

 そう思って、はっとする。


「写真は?」

「写真?」

「撮ったのなら、写真がどこかにあるんじゃないの? これにも、フィルムは入ってないもの」


 アルバムなんてものは、普通はすぐに見られる場所に置くだろう。引っ越したどさくさで失くすなんて話も聞くけれど、おばあちゃんはこの家に来てからも使っていたのだ。


「そういえば見たことがないわ。どこにあるのかしら」

「他におばあちゃんの物がある部屋は?」


 ベネットとキャサリンが記憶を辿る。しかしその行為は、実を結ばない様子だった。

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