第71話:あの二人はどこ
いくつかの本が並べられた、ヘッドボード。アリスもピーターラビットもある。
壁と接した角には、ハンスが座っていた。ご自慢のビウエラは、糸の弦が切れてしまっているけれど。
よく見ると、そこにボタンが三つあった。スイッチになっているらしくて、一つにはララバイと書いてある。
押してみると、ほんの少し前に聞いたあの曲と歌声が聞こえた。
「アラロロニーノ――」
「ハンス、いい声だよ」
ハンスの脇に、マギーを座らせてあげる。光を跳ね返すドロシーの銀色の髪が、手首をくすぐった。
「まだ足りないの……?」
「四つ揃えないといけないのかもな」
やはりなにも起こらない。ミントの言う通りだろう。するとあとは本と、言葉。本はともかく、言葉なんてどうすればいいのか。まさか庭の木の葉ということもないだろうに。
「足りないって、どうしようというの」
「だから、さっき話したとおりよ。ドロシーは自分の世界を創って君臨する代償に、本当の心を失くしてしまったの。それがこの時計と、ビスクドール」
言ったはずなのに。
苛としてしまいそうになって、深呼吸をする。こんな話、一度聞いたくらいで全部を理解出来るはずがない。私は身を持って体験したから分かるだけだ。
「本当の心ね。女性の好みそうな話だが、あとはなにが要る? クッキーかい?」
「――本よ。古い本。思い当たる物はある?」
ベネットは無視して、キャサリンに聞いた。彼女は少なくとも協力的だ。
「古い本? あっても十年くらい前の物だし、普通に本屋さんで買った物だけど。それでいいの?」
「ううん、違うと思う。もっと古びてて、立派な装飾の」
「そんなのは持ったこともないわ……」
あちらの世界でも苦労して探したというのに、またこちらでも探すことになるとは。しかも在り処のヒントさえない。
せめて共通するなにかでもあれば、キャサリンにも探しようがあるかもしれない。今の状態では、心当たりを思い出せと言うほうが無茶というものだ。
「この子は、お店で買ったのよね」
「そう。ベネットがね」
時計を首にかけたマギーが贈られる光景は見た。あのラッピングは、買ったお店でしてもらったのだろう。ベネットに出来るとは思えない。
「このビスクドールは?」
「私の母が作った物よ。他のは寄付したり売ったり、盗まれたり。残ってるのはこれだけ」
お店で買ったのと、肉親の手作り。そこに共通点など、あるものだろうか。
この部屋に居る人形たちは、みんな買ってきたものだ。でもきっと、買ったお店やメーカーさえ全て同じではないはず。
ひとり一人、どの顔を見ても見覚えがある。天井に近い棚のサル。コックのブタ。牛にリスに、ネコ。
ネコ?
「居ない……」
「どうした?」
「なにが居ないの?」
ふと気付いて、呟いた。それにミントとキャサリンが問い返す。
答える前にもう一度、見落としのないようにたくさんの人形へ一人ずつ視線を向けていく。
「やっぱり居ない。キャンベルとファッジが」
「キャンベル、ファッジ……?」
「茶色いウサギとネコのぬいぐるみよ。ドロシーのお世話をしていたの」
ベンとケイトとはまた別に、女王の側近という感のあった二人。それがこの部屋に居ないなんて、なんだかおかしい。
それが気になって言った名前に、キャサリンも表情を変えた。
「ね、ねえ。ベネット」
「ああ――どうにもおかしな話だ」
「なに? どうしたって言うの。気付いたことがあるなら教えて」
数歩下がって見ていたベネットを、振り返ったキャサリンは見開いた目でじっと見ている。ベネットも眉を寄せて、信じ難いという顔だ。
しばらく二人は、目と目で語り合っていた。それでも結局、理解が出来ないというように揃って首を横に振る。
「ねえ、時間がないの」
「……ウサギのキャンベル。ネコのファッジ。それは妻の母親が、最初に作った人形だよ。今は一緒に、墓の中のはずなんだがね」
重たそうな口がようやく告げたのは、そんな驚くべき内容だった。
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