Chapter 06:縛られた心

第59話:さいごの謎かけ

 ポーの両手が、私とルナの手を握る。うっかり火傷しそうなほどに熱くて、それが強く――強く、強く握るものだから、私の胸まで熱くなってしまう。


「元に戻すよ。元の世界に帰してあげるよ」


 こちらも熱い視線で、ボロボロの紙束を見つめ続けている。きっぱりとしたルナの言葉に、ポーも私も異論はない。


「ありがとう、森の主。ドロシーの気持ちを教えてくれて」

「――汝らは、また我の問いに答えを出した。それは我であり、我でなかった物。今、言の葉と記憶とが繋がった。優しき者たちよ、汝らならば残るものも分かるはずだ」


 部屋の全体が震えるように、細かく揺れて声が聞こえた。そのまま壁が縮むように私たちは追い立てられて、入り口から外へ出されてしまった。


「ねえ、ちょっと! 残るものってなに!」

「探せ。喜びも哀しみも、その先にある」


 立派な扉も消えてしまって、単なる石壁になってしまった。声もそれきり聞こえない。


「助けてくれるなら、もっと分かりやすく言ってくれればいいのに」

「本当にね」


 ルナはそんなことを言いながらも、渡したタオルで紙束を優しくしっかりと包む。そしてそれは、ポーに手渡された。

 彼女は両手で受け取って、もう一度じっと見つめる。それからポー自身が持っているポーチに収められた。


「女王さまが居たよ!」

「探してくれたの? ありがとう!」


 長い廊下の遠くから、懸命に走ってきたミント。ネズミたちの姿が見えないと思ったら、さすが頼りになる。

 彼はルナの肩に乗せられて、たった今来た方向を「あっちだ」と指さす。さっきの部屋だけでなく、もう城全体が揺れている。ただのまっすぐな廊下が、時に波打って見える。

 足を取られながら、私たちは走った。


◇◇◆◇◇


「パパが言ったの! 日曜日はお休みだから、必ずお話出来るって! ママも言ったの! いつも私のことを考えてるって!」


 ネズミたちが案内してくれたのは、見覚えのある扉の前だ。女王の私室。部屋の中からは、泣き喚く女の子の声が聞こえる。


「ドロシー? 戻ったの、かな――」


 ポーが呟くけれど、誰も答えは出せない。けれど一人、ハンスは喜んでいた。


「女王さまだ! 優しかったころの、女王さまの声だ!」

「待ってハンス!」


 ここまで、マギーの姿を見ていない。女王の私室を探してくると、ソーダと二人で別行動をしているのは、ポーから聞いている。なのにまだ、合流出来ていない。どこかで動けなくなっているのか、それともこの中に居るのか。

 その辺りを考えたかったのだけれど、ハンスは扉を開けてしまう。


「女王さま!」


 応接スペースの手前の、広い通路。そこに女王は座り込んでいた。仮にも女王と呼ばれる人が、床に直接。

 一見して姿が変わったわけではない。しかしハンスは、優しいドールに戻ったと信じて走り寄ろうとした。


「女王さ――まっ!?」


 女王の両脇には、ベンとケイトが機嫌を取ろうと手を伸ばしていた。その誰かの陰に居たのか、四人のビスクドールたちが立ちはだかる。

 揃って宙に浮き、黒い子たちはあの強固な壁を作って、ハンスを弾き飛ばした。黒い子たちは、それを追って捕獲にかかる。


「▲▲▲!」

「▲▲△!」


 なんと言っているのか分からない。でも悲しんでいるというか、それでいて呆然と戸惑っているようでもある。

 確実なのは、強い感情を撒き散らしていることだ。ちょうど女王が、そうしていたように。


「ハンス!」

「しつこいことだが、今は取り込み中だ」

「ご訪問は、またにまたにしていただにましょう」


 私たちが動くより、ビスクドールたちのほうが速かった。ハンスを抱えて、部屋の奥へ引き摺っていく。

 その脇で女王は、さっきの駄々をこねるような声をぴたりとやめている。よろよろと立ち上がって、キャンベルとファッジがそれを支える。

 やはり奥へ向かう女王の邪魔はさせないとばかりに、ベンとケイトがこちらへ向き直った。


「どうやらあなたがたのあなたがたのせいで、この国も終わりのようだ。もうどうしようと構いませんが、女王さま女王さまにだけは、手を触れさせません!」

「なにを言っているの。このままじゃ、ドロシーが死んでしまうわ!」

「そうなるね。でもそれが、女王さまの望みなんだよ!」


 やけくそだろうか。ベンの目は血走って、ケイトは鞭をムダに鳴らす。苛立った声は、幼いポーに怖ろしいと思う。なのに彼女は、負けないくらいの大声で怒鳴り返した。


「ドロシーが死ぬのよ? それがあの子の望みだって、本気で言ってるの?」

「そうです」

「そうだよ」


 燕尾服の二人は、声を揃えて言う。


「女王さまが、そう言ったんだ!」

「あなたたちが言わせてるんでしょう!」


 ドロシーの心を覗き見て、その気持ちを知って。その上にこんなことを言われて、怒りが突き抜けた。

 もやもやドロドロとした気持ちが、罵声になって私の口を衝く。


「あの子はいい子で居たくて、パパやママに愛されたいだけで、なのにそれが全部裏目に出て。そういうのを察してあげるのは、親の役目じゃないの? 魔法使いじゃなくたって、一つずつ話していけば分かるはずよ。ううん、結果として分からなくてもいい。分かろうとしたって、ドロシーに伝わればそれで良かったのに――このバカ親!」


 抑えられない。これまで躊躇してきた水鉄砲の中身を、怒りに任せて二人に浴びせた。ただの水のような、さらさらの液体を。


「なにをっ!」

「これは……酒かい?」

「そうよ、厨房にあったわ。アブサンていう名前だったかな」


 別のボトルに用意したアブサンを、私は自分自身にかける。

 ライターを握った右腕だけを残して、全身がずぶ濡れになった。アルコールの臭いが目を眩ませて、同時に体温が奪われていく。


「これを見なさい」


 立っていた場所を二歩離れて、その場所に落ちた液体に火を近づけた。床に広がったアブサンは一瞬でその表面を燃やして、青い炎を揺らし続ける。


「私が自分に火を点けて、あなたたちにぶつかったらどうなると思う?」

「ヒナ、なんてことを!」

「ヒナやめて!」


 ルナとポーが駆け寄ろうとしたので、火を点けたライターを突きつけて止める。


「さあ、この子たちを通しなさい。邪魔をするようなら、三人で心中よ」

「ヒナ……」


 奥へ行って。と、私は目で合図をした。金髪の姉妹は、泣き出しそうな顔で首を横に振る。

 黒ウサギとピエロは、予想外のことに驚いたのか言葉が出ない。道を空ける様子もなく、私は一歩の距離を縮めて決心を急がせようとした。

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