第54話:ココロのありか

 長い廊下。曲がりくねって、道もたくさんに分かれていて。ずっと絨毯を敷かれたような踏み心地だったものが、いつしか硬い足音をカーンカーンと響かせるようになった。

 先頭を走るのはポー。

 彼女は角がある度に速度を緩めて、行き先を見回して、また走り出す。なにを根拠にそうしているのか、私には分からない。

 ルナには分かっているのだろうか。強い意志を感じる妹とお揃いの目が、じっと前だけを見据えている。その視界には間違いなく、ポーの全身がすっぽり入っている。

 羨ましくて、妬けてしまう。


「はあ、はあ……あれ……」


 ずっと走り続けたのに、女王の背中が見えない。キャンベルとファッジに歩くのを支えられる、あの年老いた姿からは、そんなまさかとしか思えない。

 でもたしかに、大広間での動きは力強かった。ビスクドールたちが守っていたせいだろうか。

 ともかくさすがのポーも、足をすっかり止めてしまった。なにか当てにしていたものをも見失ったようだ。

 そこは広い廊下の壁が、大きく切り取られたような場所。屋根のあるバルコニーのような格好で、滝のような紅茶の雨が、景色をぼんやりとかすれさせる。


「ごめんなさい――どっちに行けばいいのか、分からなくなってしまったわ」

「仕方ないよ。ここまでだって、私には全然分からなかったよ」


 不安そうに、そこらじゅうに視線を飛ばすポー。その右手を、ルナは優しく握った。膝を曲げて、視線の高さも同じにする。

 焦らなくていいと、言外に示しているのがポーにも伝わっているらしい。困った表情ではありながら、少し笑顔にもなりかけた。

 そこへ、パラパラと不吉な音が降ってくる。砂や小石が駆けていく音。崩れるような斜面のないここで、どこからそれが。

 そう考える間にも、すぐ先の外壁が一部を崩れさせた。目を見張った視界の中で、次には城の端にある小さな尖塔が、根本から折れて倒れてしまう。


「お城が……」

「急がなきゃ――!」


 ぽつりと漏れたハンスの言葉。ポーは左手をぎゅっと握って、自分の胸に押し当てる。


「ポー、急ぐと言っても……」

「だってドロシーが。このお城も、この国も、ドロシーが創ったんでしょう? それが崩れているのよ!」


 焦ってはダメだ。ドロシーを助ける前に、ポーの心が疲れてしまう。そう思って宥めようとしたのだけれど、ポーは受け入れない。

 そういうことなのだろうと、うっすら思ってはいても言葉にしなかったことを、彼女は友だちの危機だとはっきり心に捉えている。


「分かるよ。そうだね、ドロシーを助けたいよね。でも無闇に急いでもダメなんだよ。どうすればいいのか、方向を見極めないと」


 広大な城の中を、滅多矢鱈に走り回っても意味がない。正論ではあっても、これは私自身がそうだと思っていなかった。

 まずは落ち着くのが大事だと、きっとそれは自分がどうしていいか分からなくて、その時間が欲しかったのだ。


「あれ? こんなところに扉があったかな」


 不意に、ミントが呟く。

 外を見る私たちの背中側の壁に、背の高い木の扉がある。鉄枠で補強された、両開きの立派な扉。取り付けられたプレートには、図書室と書いてある。


「図書室……」


 なんだか気になる。

 そこに答えがあるように思えて、私は誰かに操られているような感覚さえありながら、その扉の前へと向かった。


「ヒナ。そこになにかあるの?」

「ドロシーを――早く会わないと」


 ルナとポーは、読書なんてしている場合ではないというところか。先へ行きたい素振りを見せた。


「分からないけど、ここに居る気がするの」


 また自分の口が勝手に動いたように思う。しかし、ここに居る気がするとは。それで大方、予想がついた。

 ノブを引くと、扉はなんの抵抗もなく開く。中には書架がいくつあるのか、数えるのも面倒なほど並んでいる。


「居るんでしょう、森の主! どうすればいいのか、ドロシーがどこに居るのか、教えてほしいの!」

「ドロシーの心? ここにあるの?」


 ポーにも分かったらしい。なんのことかと聞くルナに、あのねと説明を始めた。


「ねえ、返事をして!」


 答えはない。悩んでいる前にわざわざ扉を見せたくせに、なんてツンデレなのだろう。


「これも謎かけというわけね……」


 数千冊。あるいはそれ以上にある本の中から、たった一冊の正解を探せ。これはまた、前回以上にいじわるな問題だ。

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