第53話:この世界の住人

 ざわめきは、たくさんの誰かが息を切らせたり、話している声。それは外で途切れることなく、連なった先頭が私たちの居る大広間にやってくる。


「女王さま!」

「なにか、なにか胸騒ぎがして!」


 町に居た人形たち。話せる誰かが叫ぶと、私も、俺もと示すように、腕を上げたり足を踏み鳴らしたり。牛もウサギも猫も、リスやどんぐりに野菜の姿をした子まで居る。

 ここで女王が叫んだことなんて、聞こえたわけではないのだろう。それでも伝わっているのは、それも女王の能力なのか、それとも――。


「女王さま! ぎゃっ!」


 部屋の入り口に立ち止まった数十人を、その後ろから押し寄せた数百人が押し倒す。さらに後ろから来た子たちは、押し倒された誰かが居ることにも気付かずに踏み越えていく。

 そのまま女王の近くに寄ろうと、自分が先に女王に触れるんだと、互いに押し合い引っ張り合い、群衆となって押し寄せる。

 私が動けなくした兵隊たちも、その足元に踏み潰された。折れた腕や脚が、踏みにじられて木片と化す。


「お前たち、落ち着くんだ!」

「そのまま女王さまに触れること触れること、私たちが許しません!」


 支配する側のベンとケイトが、支配される側の人形たちを威圧する。ケイトの鞭が、鋭い音を立てて床に何度も打ちつけられる。

 誰が味方か敵かなんて、これは関係がなかった。あのまま自由を許せば、女王をも押し潰しそうだった。

 群衆たちはほんの一瞬、怯んだ様子を見せる。でも後ろから前に来ようとする子たちが、状況などお構いなしに押し込もうとした。


「みんな落ち着いて! 女王さまが心配なんだよね! 私たちは、女王さまを助けに来たんだ! 優しいドロシーに戻してあげたいんだよ!」

「そうよ! 私はドロシーのお友だちになりたいの! だから待ってて! きっと連れ戻すから!」


 ルナとポーが並んで、群衆の前に立ち塞がった。両腕を大きく広げて、無防備に。

 でもその目の前まで、群衆は詰め寄った。人間など信用できるか、と声も飛んだ。二人に構わず、脇を抜けようとした子たちに、ケイトの鞭が叩きつけられる。その行く手には、ベンがあの不気味な穴を作り出して道を塞ぐ。

 どうして人形たちが、争わないといけないのだろう。みんな言っていることは、女王を、ドロシーを大切にしたいと同じことなのに。


「みんな! みんなで協力しようよ! おかしいよ、こんなの。みんな女王が好きなんでしょう? ドロシーのことが好きなんでしょう? ドロシーもみんなのことが好きだよ。だって一人で創り上げたこの世界に、住まわせてるのはあなたたちだけだもの!」


 私はドロシーのことを、なにも知らない。でもそれだけは分かる。きっと人形たちも知っている。今はみんな、忘れているだけだ。

 それを思い出してもらいたくて、私は叫んだ。


「女王さま……」

「女王さま――」


 人形たちは、互いに顔を見合わせる。通じたのか分からないけど、まずは足が止まった。

 私と同じに、人形に変えられているだけの人間がたくさん居るのだろう。その子たちは、こんなことを言われても心外かもしれない。

 でも私の見てきたこの世界は。ドールという名の女王が治める、この国は。

 病んでしまった女王のために、誰もが心を痛め、優しい彼女に戻ることを望んでいた。そんな中でも、女王の好きな物だけで創られたこの世界を楽しんでいた。

 だからみんな、こうしてここに集まったのだと私は思った。


「女王さまがっ!」


 群衆の中の誰かが言った。

 目を向けると、女王はさっきまでの位置に居ない。どこか奥のほうへ向かう廊下に歩いていた。


「お供をお供を致します!」

「私もだ!」


 群衆を押し止める必要がなかった隙に、ベンとケイトは女王のあとを追った。それを見て、いや女王が去ったからかもしれないけど、群衆はまた騒ぎ始める。


「女王さまのところに行かせろ!」

「お願い分かって! こんなにたくさん行ったら、ドロシーも困ってしまうわ!」


 ルナはもちろん、ポーにしたところで、人形たちのほとんどより身体が大きい。現状の押し合いくらいであれば、なんとか進ませないことは出来る。

 でもそれでは、なにも解決しない。今もポーの言ったことに、じゃあ自分だけでいいなどと勝手なことを言い始めている。このままだと、怪我ではすまないことになる。水鉄砲を使うべきだろうか。

 悩んでいると、部屋の空気を一瞬で塗り替えるような咆哮が破裂した。


「いい加減にしろぃ!」


 牙を剥き出しに、ジョーが叫ぶ。左右には猛獣たちが横並びになって、静かに唸りを上げている。


「黙って聞いてりゃ、好きなことを言いやがって。これ以上グズグズ言うのは、俺を黙らせてからにしてもらおうか! 女王の草原の番人とは、俺のことだがなぁっ!」


 啖呵を合図に、猛獣たちの列が前進する。これには群衆たちも、同じだけを後退る。私の前を通って、ルナとポーの横を通り過ぎて、ジョーは言った。


「任せるからな」

「任せて!」


 ポーは力強く返して、頷いた。走り出した後ろをルナが続く。もちろん私も、ハンスも、ネズミたちも。

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