第50話:女王の本心は?

 猛然と突っ込むジョーたち。ポーはたてがみを両手で持って、振り落とされないようにしがみつく。

 ジョーとポーの体格差は、少しジョーのほうが大きいくらいのものだ。それでも彼は先頭を、取り囲むカメたちを蹴散らして走った。


「ララララララランラー!」


 二番手を走るライオンの背には、ハンス。やはりしがみつくためにビウエラは弾けないようだけど、高らかに歌声を響かせて上機嫌らしい。


「兄弟たち! まずはニンジャ野郎どもからだ!」


 群れで言葉を話せるのは、ジョーだけのようだ。引き連れられた十数人のライオンたちは、ガオッと吼える。

 宣言通りライオンたちは、私たちを取り囲む輪をそのままぐるっと回る。食いつき、踏みつけ、蹴飛ばして、甲羅に隠れたカメたちはなす術がない。

 大広間のあちこちに飛ばされたカメたちは、すぐに手足を出して起き上がった。

 でもひと声鳴いて威嚇するライオンたちに、向かっていく勇気はないようだ。手近な柱の陰なんかに、身を隠そうとする。

 中には甲羅に罅の入った子も居て、あれでは柔らかいぬいぐるみでも、怪我をしてしまうかもしれない。


「やめて! やりすぎだよ!」


 私がそう叫んだ時には、もう彼らは蹂躙を終えていた。足を止めたジョーは、じろりと迫力のある目をこちらに向ける。 


「あん? こんなことでか」

「ジョー。またみんな、仲良くしないといけないのよ。怖がらせちゃダメ」


 背中に伏せていた顔をむくっと起こしたポーも、周りを見渡して言った。

 すると彼は、困ったように目を閉じると、またすぐに見開いて答える。


「――そうか、悪かった」

「いいの。助けてって言ったのは、私だもの。ヒナとルナを助けてくれて、ありがとう」

「いいってことだ」


 なんだか仲良くなっている二人。離れている間に、なにがあったのだろう。聞きたいけれど、今はそれどころでない。


「ポー、怪我はない?」


 まだトラや狼たちは、包囲を解いていない。そちらに目を配りながら、ルナは慎重にポーの傍へ歩み寄る。

 するとジョーの背から、ポーはぴょんと跳ねた。ルナの胸に飛び込んで、そこに顔を何度もこすりつける。


「ルナ! ルナ! 迎えに来てあげたのよ! 帰ってこないから、心配してしまったわ! 困った人!」

「色々あったんだ。でもごめんね。それと、来てくれてありがとう」


 ポーは泣いたりしなかった。いつも以上に大人びた口調で、ルナを抱きしめる。

 けれどその光景に、うっかり周りの状況も忘れそうになった時、ぱっとポーはルナから離れた。

 潤んではいるものの、やはり目から水滴は溢れていない。そこを額の汗でも拭うように、手の甲と腕がぐしぐし押し付けられる。


「ドロシーを連れて帰ってあげたいの」

「手伝うよ」


 きっ、と決意を込めた表情。上気したポーの顔に、ルナは柔らかく微笑み返す。

 同じ色、同じ光沢のきらきらした金髪が、一方は煤で汚れて、一方は小麦粉で白くくすんでいる。

 いかにも意志の強そうな、ぐりんと大きな瞳が互いを見つめて――同時に女王へと方向を変えた。


「なんと勝手な勝手なことを」

「連れて帰るだって? どこに? ここが女王さまの世界なんだよ!」


 ライオンたちが寝返って、カメも兵隊も動けなくなった。数の優位がなくなって、黒ウサギとピエロの語調は早まっている。

 二人は女王へと至る道を守護するガーゴイルのように、私たちを押し留める格好を見せた。

 足を踏み出して両手を広げた様は、日本の仁王像にも似ているかもしれない。


「ドロシー。私ね、ずっと悩んでたの。あなたの傍に行ってもいいのか。行ってしまうと、迷惑なんじゃないかって」


 ポーの視界に、立ち塞がる二人の姿は入っていないのだろうか。ルナからも離れて、足下の赤いカーペットで繋がった、まっすぐ正面に居る女王に語りかける。


「あのあと、また窓の下には行ったの。でも次の日も、また次の日も、一週間経っても、あなたは現れなかった。だから、もう私と会いたくないのかなって思ってしまったわ」

「そのような話、私は知りません」


 女王は座っていた玉座から、腰を上げた。床から一段上げるための台からも降りて、一歩進んでは止まり、一歩進んでは止まり。

 少しずつ、こちらとの距離が縮まる。


「さっき、私の名前なんて知らないって言ったでしょう? それは悲しかったけど、どうしてだろうって思ったの。実はドロシーじゃないのかな、知ってて知らない振りをしてるのかなとか、ね」


 女王の足が止まる。

 ベールに隠れて、感情は窺えない。しかしそれだけに意図も分からず、ベンたちは誰一人として動くことが出来ない。


「だから、今こうして話すのも迷惑なのかなって。でもね一つだけ、もしかしたらって思ってることもあるわ」

「パパ。ママ。なにをしているの」

「は、はい。動いても良いのでしょうか?」


 女王が小さく、舌打ちをした。

 陰湿な、大人の忌々しさを表すためのそれでなく。拗ねた子どもがするもののように、私には聞こえた。


「誰もそんなこと言ってないのに、友など居ない――友だちって。言ってくれたよね」

「奴らを引き裂きなさい!」

「たっ、ただいま!」


 女王はまたこちらへと足を進め、残った人形たちへと新たな指示が下されようとしていた。

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