第49話:包囲をやぶって
イジェクトレバーをガシャッと。タンクを外して、予備のタンクを付け替える。これでまた、激辛水が撃てる。
出来れば、空になったタンクの補充もしておきたい。ちらとルナを見ると、「今のうちに」と言ってくれた。
リュックのポケットに入れていたペットボトルを取って、タンクに移し替える。この液体の色は、無色透明だ。
――出来ればこれは、使いたくない。
「なにをしている!」
「やれやれ、困った困ったお客人ですね」
動けなくなった兵隊たちを、ライオンやトラたち、カメたちも気遣っている。それなりに作られていた陣形のようなものは崩れて、右往左往する烏合の衆という感じだ。
その真ん中に突然、ぽっかりと二つの穴が空いた。そこから出てきて、いきなり怒鳴ったのはケイト。ぼやいたのはベンだ。
「ケイト。やられているのは、君の君の兵隊たちです。どうにかしておあげなさい」
「やかましい。それにかこつけて、なにもせずにぼんやりしてるのはお前のカメたちだ」
互いの顔も見ずに、語気は抑えて。辛辣に罵り合う姿は、険悪な夫婦そのままというように見える。
それでもベンが腕を振ると、カメたちは一斉に視線を私たちへと向ける。ケイトが睨みを利かすと、ほんの二人残った歩くことの出来る兵隊たちが、動けない仲間を壁際に押しやった。
「そんな物でよくもまあ――というところだが、ここまでだ」
「彼女たちの周りを、ぐるりぐるりと取り囲みなさい!」
ベンの指示で、カメたちは私とルナを遠巻きに囲んだ。二本足でも歩ける彼らだけど、四つん這いで甲羅を見せつけるように輪を縮める。
たしかに甲羅で受けられてしまっては、激辛水の効果はないだろう。それに一度に撃てる範囲にも限界がある。一方を撃てば、反対から一気に押し寄せられてしまう。
もちろんこのまま、なにもせずに待っていても結果は同じだ。
「女王さま――いやドロシー! 私はあなたと話がしたい!」
万事休すとも言える包囲の中、ルナが叫んだ。それは間違いなく女王に聞こえているはずで、ここに居る目的の一つで。
出来うる行動の一つとして、なんらおかしなところはない。でも私には、出来なかった。というか、思いつきもしなかった。
叫ぼうとしても、緊張で固まった乾いた喉では、あんな大声は出なかっただろう。
「女王さま!」
「話すことなどありません」
「女王さまは、ああ仰っている。取り押さえろ!」
「私の部下たちへ、勝手に勝手に指示しないでください」
その叫びは、思わぬ別の現象も引き起こしていた。女王に問いかけて待っている間、カメたちが微動だにしなくなったのだ。
なぜ――と考えると、すぐに予想がついた。彼らには女王の指示が絶対だ。ということは、女王が問いかけに答える可能性がある以上は、それを待たなければならない。
「じ、女王! あなたドロシーでしょ! ポーは、あなたと話したいって。あなたを連れ戻したいって! あなたはどうなの!」
いがらっぽくなりつつも、なんとか声として発した。ルナが先陣を切ってくれたおかげで、少しは落ち着いたのかもしれない。
ポーのことは、女王の私室で既に伝えた。答えも聞いた。けれど今は、少しでも終わりを遠ざけなければ。それだけを考えた。
「そんな名は知らない! 私に友など居ない! パパ! ママ! 早くして!」
「は、はいっ! ただいま!」
急かされて、ベンは自身も包囲の輪に加わった。ケイトは残るトラたちに、「万が一にも逃がすな!」と引き締める。
「一斉に……」
いよいよ一気に押し潰そうと、ベンの指示が下される。
もうなにも出来ないの……?
目を閉じたくなるのを堪えて、手探りで水鉄砲の予備タンクを探す。
「待ちなさーい!!」
横合いから、怒声と呼ぶにはあまりにも可愛らしい声が轟く。その方向から急速に接近してくるのは、青いライオンの群れ。
その先頭を走るジョーに乗るのは、我らがポーリーンだ。
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