第48話:口火は激辛水で

「ヒナ」

「どうしたの……」


 あくまで、私たちを運ぶビスクドールたちに取って。とても小さな、こちらの体格と比較してあまりにも小さな人形たちに取って、私たちは重いのだろう。

 飛ぶ速度は、さほどでない。これがゆったり城内見物というのであれば、快適でさえある。

 だからと捕まったことに間違いはないし、三階建ての屋根ほどもある高さでは、暴れるのは危険だ。

 なのに我が愛すべき親友は、驚くべき提案をした。


「こうなったら、暴れるしかないよ」

「えぇ! こんなところで――?」


 言うが早いか、ルナは身体を揺すって反動を付けようとしていた。もちろん抱えているビスクドールは、おとなしくしろというように両腕へ力をこめる。


「せーのっ!」

「ルナ!」


 ただ反動を付けただけでなく、服のつかまれているところを軸にして回転も加えられた。たしかにあれでは、離さざるを得ない。

 でもいくら自由になっても、それが空中では意味がない。この城の床がいくら柔らかいと言っても、この高さでは怪我で済むかも怪しい。

 が、そこも彼女は考えていた。

 ルナが反動を付けた先は、さっきサルたちがぶらさがっていたのと同じような布が下がっている。

 さらにそこへ至る軌道には、私が居た。

 ブチブチブチッ、と。派手な音を立てて、天井や柱に繋がれていた部分の布が弾けていく。でもそれがちょうどいいブレーキになって、ルナは素早く床に舞い降りた。


「▲▲▲!」

「おー、怒ってる」

「なんて言ってるか、分かるの?」

「なんとなくね」


 ずっとダイアナの姿だったルナだけど、その間のことは記憶にないらしい。私に人形たちの言葉が通じているのは、なかなか奇異に見えるようだ。


「じゃあ機嫌を直すように言ってよ」

「残念、話すまでは出来ないの。でもたぶん、普通に話して通じるよ」

「そうなんだ? じゃあ、おとなしく――」

「ディル! アンジー!」


 もう一度、私たちを捕らえようと人形たちは急降下しようとしていた。そこに女王の声が飛んで、二人は留まる。

 そのまま女王の下へと二人は帰り、元のようにその周りをふわふわと飛ぶ。まるで自分を盾に主君を守る、近衛騎士みたいだ。


「ヒナ、囲まれたよ」

「そりゃあね」


 女王との間には、木の棒で出来た兵隊たちが隊列を作って槍を構える。この部屋から出るための左右の廊下からは、やはりカメたちが団体で睨みつける。

 その集団同士の間は、トラと狼が少しずつ集まって埋めた。そのリーダーとして、ライオンが一人ずつ付いているらしい。

 完璧な陣形――かどうかは、私には分からない。でも少なくとも、これを突破するなり逃げ出すなり、どうやれば成功するのかは全く見えない。


「ヒナ、撃って!」

「えっ。あ、うん!」


 撃てと言うからには、水鉄砲だ。穴の中を動くのに邪魔だったので、リュックに差してあるのをまた抜く。

 安全装置を外して、ジャキっと頭の中で効果音を付けた……のはいいけれど、どこを撃てばいいのだろう。


「えと、ルナ?」

「どこでもいいよ! うーん、でもまずは兵隊!」

「分かった!」


 装填されているのは、唐辛子系の調味料で作った激辛水だ。ネズミたちがお芋をおいしいと言っていたのだから、カメやライオンたちには効くだろうと思っていた。

 でも木で出来たロボットみたいな兵隊たちに、通用するのか。

 疑問には思いながらも、ルナを疑うことはしない。私は素直に、真っ赤な液体を浴びせかける。


「なんだ? ただの水――ぐ、ぐえっ!」

「効いてる! けど」


 兵隊たちの近くに居た狼にも、激辛水が降りかかった。鼻や口の近くにかかったのはもちろん、お腹に垂れただけでも相当な効果があるらしい。

 彼らは床を転げ回って、「み、水!」と部屋を出て行ってしまう。

 しかしそれは、ほんの一部だ。主に狙った兵隊たちは、けろっとしている。いやそれも他の人形以上に表情がないから、私の脚色だけれど。


「あれでいいんだよ!」


 ルナは叫んで、持っていた強力粉の袋を爪で裂く。さらにがばっと大きく口を開けると、思いきり腕を振って兵隊たちに中身をぶちまける。


「ゴホッ!」

「ゲホッ!」


 風はなかったけれど、むしろそれが悪かったのかもしれないけれど、強力粉は私たちにも降り注いだ。

 もうもうと舞う、小麦粉の霧。ほんの数秒、視界は手探りくらいになった。

 もっとうまく使えば、ここから脱出することが出来たかもしれない。そんな私の消極的な考えなんて、視界が戻ったあとの光景が吹き飛ばしてしまう。


「ルナ、これ――」

「すごいでしょ? 褒めて!」

「すごいよ! ルナって天才!」


 硬い木で出来た兵隊たちは、ギシギシと音を立てて動けなくなっていた。

 単純な動きしか出来ない彼らの関節に入り込んだ小麦粉が、そこにあった激辛水をあっという間に吸い込んだのだ。

 しかもそれは強力粉。粘りとコシが段違いだ。密かにトルティーヤかチヂミかと考えていたのは、内緒にしておこう。

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