第47話:女王を守るもの

 大広間。

 最初に女王と会った部屋も大きかったと思うけど、ここはその何倍あるだろう。畳数で言うと……いや広すぎてよく分からない。

 王国の貴族を全員集めての舞踏会でもやるのか、というくらいの空間がそこにあった。

 この国に貴族なんて居るのかは、また別の話として。


「こんな見通しのいいところに隠れてるの?」

「そこの奥だ」

「んん――樽のあるとこ?」

「そう、そこ」


 私たちは天井に近い空気取りの穴から、その部屋を見下ろしていた。ミントが言っているのは、部屋の反対側にある廊下だ。

 そこは扉などのない開放型の物置きになっているようで、大きなワイン樽らしい物が六つほど積まれている。


「あんなところで、よく見つからないね」

「扉がないから、逆に探すまでもないって思われてるんだろうね」

「そういうことかぁ」


 ルナの想像は、きっと正しい。おそらく息が切れて走れなくなったとか、やむなくあそこに身を隠して動けなくなったのだ。

 五十メートル走も、優に計測出来るほどの幅。そんな大広間を横切って、開けっぴろげな部屋からポーたちを連れ出す。

 部屋の中にも廊下にも、捜索に動く兵隊やカメたちが溢れていては、隠密に実行することは不可能と言える。


「いや――多くない?」


 ざっと見回して、圧倒的に数が多いのはやはり兵隊とカメだ。けれどそれに混じって、様々な姿の人形たちが集っている。

 森や街で見た狼。同じくライオンや、トラたち。コック帽を被ったブタさん。

 厨房に居ないと思ったら、ここに来ていたらしい。


「それだけ女王さまが、本気で探してるってことさ」

「本気だとそうなるの?」

「この世界は、女王さまの思う通りになる。忘れたのか?」

「ああ……」


 女王が強く思うほど、その意志は口に出さなくとも人形たちを動かしてしまう。それほどに怒っているということか。

 ――でも。それならポーたちの居る場所が透けて見えるとか、そんなことになってもいいはずだ。

 女王の都合のいいようになるはずなのに、どうしてそうならないのか。これまでいくつか違和感を覚えたあれこれに、また小さな火が灯る。


「一番厄介なのは、あいつらさ」

「あいつら?」


 パインが指したのは、大広間の最も奥。そこに仮の玉座が置かれて、女王が睨みを効かせている。まあ睨みというのはベールで見えないので、想像ではあるけれども。

 あいつ、ら。と言った以上、問われているのは女王ではない。となるとそこに居る、別のなにか。


「あれって、ダイアナと同じ――」

「ダイアナ?」

「そうさ。あの羽根付きと一緒に居るのを見て、オイラたちなんて相当にびびっちまってたんだ。どうも違うって、すぐに分かったけどな」


 ルナはまだ、自分がどういう状態だったかを知らない。いまの私と同じように、人形にされていたとは言ったけども。


「私、あんな可愛くされてたんだ?」

「見た目はな」


 渋い口調でミントは頭を掻く。

 女王の周囲を飛ぶのは、四人。ダイアナと同じように、ふわりとしたドレスを着たビスクドールだ。

 顔の下半分は布で覆われて、赤いチェッカー柄のドレスが二人。黒いのが二人。


「そんなに言うほど厄介なの? それにしては、今まで見なかったけど」

「そんなこと、オイラたちが知るもんか。とにかく赤いのは、力が強いんだ。黒いのは、魔法を使う」

「魔法? どんな?」


 会話に気を向けすぎただろうか。それとも、視線をずっと下に向けていたからか。私たちは誰も、近付いてきた相手に気付けなかった。


「キー! ウキーー!」

「な、なに!?」


 サルだ。

 天井や壁から垂らされた、飾りの布。それを伝って動くサルが、何人か居た。私がこの姿になっている以上は、居て当たり前なのに。全く注意を払っていなかった。

 正確にはたぶん、オランウータンだろう。そのサルは私たちの目の前にぶらさがる布につかまって、こちらを指差して騒ぐ。

 もちろんそれは下で動く人形たちも気付いて、話せる子たちは「捕まえろ!」などと叫び始めた。


「まずいわ、逃げましょう」


 ネズミたちは、一目散に逃げていく。そう言ったソーダが、最も遅かったくらいだ。しかしそれはネズミたちが裏切ったわけでなく、穴から外を覗いていたのが私たちで、ネズミたちは後ろに続いていたのだから仕方がない。


「うっ!」

「ルナ! きゃっ!」


 最後尾だったルナが、まず穴の外へと引きずり出された。次に私。

 誰かと思えば、噂のビスクドールたち。力が強いと聞いた赤いドレスの二人が、私とルナを両手で宙吊りにしている。


「ヒナ!」

「あなたたちは逃げて!」


 穴の縁まで戻ってきて、ソーダは叫ぶ。でも彼女一人で手を伸ばしてくれても、どうしようもない。

 手足をぶらんとさせての空中では、抗いようがないのだ。むしろ下手にじたばたとして落とされてしまっては、この高さでは死んでしまいかねない。

 私たちは情けなくも、あっという間に捕まってしまった。

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