Interlude 04

第43話:ルナが見たもの

 偶然にもドロシーの部屋へと落とされたルナは、暗闇の中でマギーと出会い、その案内で暗闇から脱した。

 そこで自らが抜け出てきた場所を振り返り、唖然とする。天を衝くような、どこまで伸びるかわからないほどの高さを持った、洋服タンスを見たからだ。


「どういうことって言われても、この部屋は特別なの。ドロシーの部屋だから」

「ドロシー? ドロシーって、私が行ったあの家の? ポーが仲良くしたがってる、あのドロシー?」


 出てきた名前に驚いた。

 ルナとすれば、ここがどういう場所なのだか、知る材料が乏しすぎる。

 非常識な洋服タンスを見なかったことにすれば、床や壁は真っ白で手入れの行き届いた現実味のある物だ。

 ドロシーの部屋という言葉だけで言えば、あの家の前で気を失って、家人によって運び込まれた、という推理だって成り立ってしまう。

 ルナはその親に会おうと思っていたのだから。

 だがしかし、それも違うのだろうなとなんとなくの想像はついていた。


「そのドロシーではあるけど、違うとも言えるわ。ここはドロシーの創った世界。人形だけが住む、ドールの国。ここに居るのはドロシーでなく、女王さまであるドールなの」

「ドロシーだけど、ドロシーじゃない? なんなのそれ」


 暗闇という本能的な恐怖の対象から、脱したせいだろうか。ルナの心に、この空間とそれを取り巻く全てに対する好奇心が、むくむくめきめきと湧き立つ。

 いや。好奇心旺盛なのは、元からだ。突然のことが続いて、一時的に鳴りを潜めていたに過ぎない。

 人形だけの国? ドロシーが女王で、世界を創り上げた?


「ホント――なにそれ、童話みたい!」


 声が弾む。その一瞬で自分の喉が、言葉を打ち出すカタパルトになったかと思うほど。


「そうよね、聞いてすぐに信じられるわけが……えぇっ?」

「ううん、信じた。だってもう来てるもの。それより、ドロシーだけどドロシーじゃないってとこ、きちんと教えてよ」


 どうして、なぜ、と。起こった理由には興味を持ったが、起こったことそのものをルナは疑わない。

 それが態度にあからさまで、マギーは用意した言葉を使えなくなったようだ。


「あぅ、ええ。そのつもりだったからいいんだけど――理解が早くて助かるわ」

「それでそれで? 私の行った、あの家の中がこうなってるってこと?」

「違う。ここはあなたが元居たのとは、違う世界。それがどこかって聞かれると、私も知らないけど」

「そうなんだね、納得した」


 ポーという女の子が、あちらの世界のドロシーの部屋を訪れたこと。それをお手伝いの女性に追い出されて、その晩には両親にも叱られたこと。

 この世界が生まれたのは、それからだとマギーは言った。

 話に出てきたポーは私の妹だと、そう言う前にルナは、ドロシーの気持ちを思わずに居られない。


「そっか、それは悲しいね――ドロシーの家にも、事情はあるんだろうけどさ」


 がちゃり。

 辺りに、耳慣れた音が響く。どこかの扉が、開けられたと思えた。

 ルナ自身は、ゆっくりと円を描くように歩きながら、あらゆる方向へ視線を飛ばしている。

 マギーはその円の中心に立って、ルナを見上げて話している。

 つまり、ここに居る二人以外の誰かだ。


「まずいわ、女王さまかもしれない。隠れて」

「え、うん」


 マギーはルナの手を取って、洋服タンスの下に走っていく。幕板の下の隙間に滑り込み、そこから様子を窺った。

 開いたのは、さっきまで居た場所から少し先の壁にある扉らしい。片開きの戸が大きく開けられているが、まだ誰の姿も見えない。


「あんなところに、扉なんてあった?」


 写真を残したわけでなし、なにも証拠はない。だがルナは、あらゆる方向を見ていたはずだった。

 遠くて見えていなかったならともかく、あれくらいなら見落としたとは考えにくい。


「ここは、あると知れる物、使おうと思う物しか見えないのよ」

「へえ、面白いね」

「シッ、静かに」


 ふわふわの小さな手が、口を塞ぐ。可愛くて、食べてしまいそうだ。ふふっと笑いそうになるのを、ルナはニヤニヤしながら堪えた。


「ファッジとキャンベルも一緒ね。気付かれたら、かなりまずいわ」

「ウサギがどっち?」

「それはキャンベルよ」


 声を潜め、女王たちの通り過ぎるのを見送る。茶色いネコとウサギのぬいぐるみは、それぞれ女王の腕を取って、歩くのをサポートする。

 女王の顔はベールに隠れて見えないが、ポーと同い年の少女とは思えない背格好だ。

 そのまま見ていると、女王たちの歩く先に巨大な柱が現れた。今度こそなにもなかった空間に、突如として。

 柱は太く、小さなビルの間口ほどもあると思えた。しかし高さは、洋服タンスほどではない。高いは高いが、見上げれば頂上はそこと分かる。

 ああ、なるほど。遠く離れた位置に、同じ柱が見える。その間には、柔らかそうな白い布が掛かっている。

 これはベッドだ。


「あんな大きなベッドに入れるの?」

「あれでいいのよ」


 女王の体格は、ルナとそれほど変わらない。見えているベッドは、それが何千人横になれるかという大きさだ。

 どうなるのか、興味津々で見守った。

 するとやがて、ベッドに近付くに連れて、女王たちの身体が大きくなっていく。いつの間にか、着ていた赤いドレスも白い寝間着に変わっている。


「あれがドロシー……」


 変貌したのは、それだけではなかった。

 今のルナからすれば巨人だが、体つきは少女のそれになっていた。ベールも外れて、あどけない顔をした、ポーと並べばお似合いの女の子。

 疲れきって、悲しそうに。葬儀にでも赴くのかのような面持ちで、ベッドへ入っていく。その顔を見て、ルナの胸は締め付けられるような苦しさを覚えた。

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