第41話:反逆は台所から

 なにを作ろうか悩んで、結局は時間がないので簡単な物に決めた。

 小麦粉、砂糖、ベーキングパウダー、塩。そこに生クリームを入れて、こねる。パイ生地みたいに伸ばして、切り込みを入れて、フライパンへ。

 たったこれだけで、スコーンもどきが作れてしまう。最後にチーズも載せたから、きっとネズミたちは気に入ってくれるだろう。


「あれ?」


 三枚目を焼いていると、たしかにお皿へ置いたはずの、一枚目がなくなっているのに気が付いた。

 まあ犯人は、テーブルの向こうにちらちら見えているから、分かっているのだけれど。


「ミント、パイン。来てるなら言ってよ」

「あはは。おいしい匂いの邪魔をしちゃいけないと思ったのさ」

「これ、オイラたちにくれるんだろ? ソーダに聞いたんだ」

「そうよ。でもみんなの分を、残しておいてよ」


 二人は「分かってるさ」と言いながら、次のひとかけを口に入れた。本当に分かっているのだか。

 材料がなくなって、生地を六枚焼いたところでおしまいになった。ネズミたちは続々と集まっていて、ちょうどそれくらいでソーダも戻ってくる。


「これで全部よ」

「ありがとう。怪我をした子は居ない? 捕まった子は?」

「ああ大丈夫、大丈夫。オイラたち、ちょっと突っつかれたくらいはなんともないんだ」

「そう、良かった」


 スコーンは全員に行き渡って、あの子の分もと、ミントは何個かを残してくれた。


「ポーは――見つかった?」


 ネズミたちは、ここに全員集まったと言っていた。ということは、ポーを守ってあげてほしいという頼みは果たされていない。

 もう捕まってしまったのかと、イヤな予想を振り払いつつ、聞く。


「ああ、見つけたよ」

「そっか……そのまま戻ってきたってことは、捕まってるの?」

「いや、うまく隠れてるっぽいな」

「えぇ? じゃあ放ってきたの?」


 そんな無責任なと、少し思ってしまった。でも彼らは、たかだか甘い物を報酬に働いてくれているのだ。無理は言えない。


「違うの。この子がね、隠れるのを見ていたの。でもすぐにあいつらが来たから、そこに行けなくなってしまって」

「そういうことなんだ。良くない言いかたをして、ごめん。それで、気付かれてるのかな」

「いいえ。でもその辺りをずっと探しているから、近付けない。兵隊以外にも、厄介なのが居るし」


 ソーダは仲間の一人を指して、そう言った。お気楽な感じで話すミントたちに比べて、ソーダの話は整然と分かる。

 さらに約束の一部が果たされていないことを、申しわけないと感じているらしい。


「ソーダ。それにミント、パイン。まだ名前を聞いてないけど、他のみんなも。ありがとう、助かる」


 大事そうに、スコーンを少しずつ食べる彼らに、私は頭を下げた。彼らも食べる手を止めて、驚いたようにこちらを見る。


「いいんだよ、あんた人間だろ? 変わってるな」

「オレたちのために作ってくれて、ありがとな!」


 口々にそんなことを言ってくれて、自分がサルの姿になっていることを忘れそうだ。


「えと、ヒナ? この子たちに、名前はないの。名前があるのは、私たちだけ」

「あっ、そうなんだ。ごめん、無神経なことを言って」

「ううん、別にそのことはなんとも思ってないと思う。昔は、女王さまに名前を付けてもらうのが目標だったりもしたみたいだけどね」


 今は違うらしい。

 昔は人形たちに優しくて、いつか怖れられるようになった。この世界に閉じこもってなお、女王は変わっていった。

 なにが彼女を、そうさせるのだろう。


「みんな、変なことばかり言ってごめんね。その上、無茶なお願いをするんだけど、聞いてもらえるかな」

「いいぞ!」

「また、ふわふわをくれ!」


 柔らかくておいしい物をくれるのなら、なんでもやってやる。それが総意のようだ。

 そんな純粋な心を持った彼らを利用するような真似、いいのだろうか。

 罪悪感を、そうするしかないと無理やりに押さえつける。それが事実なのだ。私一人では、いくら相手が人形たちでも――いやいや、だから私もその一員になってしまっているのだ。どうにかなるはずがないのだ。


「あのね。私、女王と戦おうと思うの。ベンと、ケイトと、女王は私が相手をする。でもそこまでに、兵士やカメたちが邪魔をすると思う。それをなんとかしてほしいの」


 すぐには返事がなかった。

 全員の目が私の目を見て、その奥の頭の中で本当はなにを考えているのかと、見透かされているような気分だ。


「いいぜ」

「ミント……本当に? 怪我じゃすまないかもしれないよ。それでも手伝えって言ってるの。それでもいい?」


 サムズアップ。ネズミがやっても、決まる時には決まるものらしい。

 一人だけ格好をつけさせるものか。そんな風に、今度はパインが前に出て言う。


「オイラさ。たぶんみんな同じだと思うんだけど、あの子がくれたふわふわを食べたら、スッキリしたんだ」

「スッキリ?」

「うーん。なんだかモヤモヤして、女王さまの言うことだけ考えてればいいって思ってたのが、急になくなったんだ」


 女王の束縛が解けた、のだろうか。練ったお芋に、そんな効果が?

 あっちの世界の食べ物だからだろうか。


「だから、気にしなくていい。オイラたちは、手伝いたいんだよ。あの子を助けるんだろ? 手伝わせてくれよ」

「私は、あなたの役に立ちたいの」


 パインが言い終わるのを待ちきれないように、ソーダもそんなことを言ってくれた。三人の言葉に、残りのネズミたちも喝采で同調を示す。

 嬉しい――いや、少し違う。

 これは、ありがたい。その言葉がしっくりとくる。どう報いればいいのか、想像もつかないけど。まずは目的を、達さなければ。

 バンッ。と両手でテーブルを叩いて、順に全員を眺めつつ、私は叫ぶ。


「みんな、お願い。ポーを助けて。そのために、女王を倒すの。でも乱暴なことをするわけじゃない。元の優しいドロシーに、戻ってもらうの!」

「おおおっ!!」


 ネズミたちの腕が、残らず突き上げられた。世界でいちばん小さくて、いちばん頼りになる仲間たち。

 今の私には、そう見えた。


「▲▲▲……▲▲▲▲▲▲!」

「ダ、ダイアナ!」


 前触れもなく。テーブルの端近くに寝かせていたダイアナが、もがき始めた。

 騒然としているから、驚いた。なんていう、のんびりした話ではなさそうだ。びくんびくんと身体を仰け反らせ、苦しそうに自分の胸を掻きむしる。

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