第40話:戦う準備は万端

 ゴミ捨て穴の上は、広いテラスのような場所だった。頭上に天井はあるけれど、庭園との間に壁はない。

 真ん中に、ガーデンテーブルがある。女王はそこに居たのだろうか。

 テーブル上はチェスボードになっていて、三脚ある椅子の二つは、対戦するように向かい合っている。

 でもそこになにも載っていないし、座面を触っても冷えきっている。


「どこに行ったんだろ……」

「お城の中に入るなら、あっちよ」


 ソーダが指した以外にも、扉はあった。でもきっと、錠がかかっているとか、通れない事情があるのだろう。

 疑うことなくその扉に向かい、城内に入った。


「急がなきゃ」


 テラスから見えた七本キャンドルの火は、前に見たより大きくなっていた。のたうち、もがくように、激しく揺れていた。

 それを口にはしない。でももう一度、「急がなきゃ」と私は呟く。


「あそこから行ける場所に、先回り出来る道はない?」

「厨房に繋がってるけど、とっくに通り過ぎてると思うわ。そこからは、行ける場所がたくさんよ」

「そっか……」


 どうにかしないといけないのに。どうにか、がなにをすることなのかも分からないのに。状況が、なにをすることも許してくれない。

 考えろ。考えるんだ、私。


「そうだ、ミントたちを探せないかな。私一人で動くより、あの子たちに探してもらったほうが絶対に早いもの」

「私が行けば、見つけられると思うわ。でも戻ってくるまで、一人で大丈夫?」

「平気よ。またなにかお礼をするから、ポーを探して守ってあげてほしいの。お願い出来る?」


 あんな小さなネズミたちに、頼り過ぎだとは思う。しかもその代償は、ポーの作った釣り餌だけなんて釣り合っていない。

 でもそんなことを言ってはいられなかった。彼らになにをしてあげられるのか、それはあとで考えればいい。

 まずはポーの安全を確保して、目的を達さなければ。


「任せて」

「――あっ、ごめん。その前に一つ教えて」


 ソーダは質問に答えると、近くの壁の隙間に入っていった。きっとあれで、最短を行けるのだろう。とても便利そうで、ちょっと羨ましい。


「でもあの姿じゃ、出来ることが限られちゃうか」


 サルにはサルの出来ることをしよう。いや今からするのは、サルでなくてもいいのだけれど。

 ソーダに聞いたのは、厨房への行き方だ。そこにポーがまだ居ると思ったのではない。別の用事がある。

 兵隊やカメたちに見つからないよう、慎重に進んで、無事に辿り着く。というか、結果的には誰も見かけなかった。

 厨房も無人だ。コックさんはなんの人形だろう、交渉も出来ないような相手だったら嫌だなと心配していたのに。

 まあこのほうが、都合はいい。中央に置かれた大きなテーブルにリュックを置き、そこにあったタオルでベッドを作ると、ダイアナを寝かせた。

 乱れた髪をそっと指で直してあげて、私は早速、物色を始めた。


「これはミネラルウォーター……じゃ、ないみたいね。調味料はっと」


 それにしても、お城の中にしては現代的な設備だ。それも、厨房と呼べばレストランのそれみたいなものをイメージするけれど、ここは違う。

 いわゆる家庭的な、キッチンという感じだ。いやいや、英語にしてしまうと同じなのだけれど、そういうことでなく。


「――あ、あった」


 ここへ来た目的は二つ。逃げてばかりじゃどうにもならないので、武器を確保する。もう一つは、ネズミたちへのお礼になる物を探す。

 武器と言ったって、包丁などを使う気にはならない。もしも相手がこちらを殺す気であったとしても、そんな物を振り回す勇気はなかった。

 だから調味料やその近くの棚を探すと、いくつかの武器を確保出来た。でも持ち運ぶのに、入れ物が適当でない。


「あの戸はなにかな」


 ふと見ると、細長い戸が壁に四枚、連続して付けられている。目の前にある調味棚とは別に、パントリーでもあるのだろうか。


「……うわあ」


 ゴムパッキンの剥がれる音がして、戸の中に見慣れた空間が現れた。ひんやりとした空気の漏れ出る、冷蔵庫だ。

 おとぎ話みたいな世界には似合わないけれど、現代の女の子の想像で創られた場所なのだからとすぐに納得もいった。

 ペットボトルに入ったオレンジジュースなんかもあって、なんだか喉が乾いた気になってしまう。

 でもダメだ。この世界の物を、そのまま口にしてはダメなのだ。

 ミルクにバターに、チーズもある。これならお菓子がなんでも作れそうだ。


「あ、そうだ」


 調味棚に、赤い色の入れ物もたくさんあった。それを思い返して、私はまた一つ武器を増やした。

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