第37話:青いリボンの娘
ミントから受け取った笛を、ポーは握りしめていた。ケイトに見つかって、取り囲まれた時、彼女はそれを吹いたのだそうだ。
犬笛みたいな物なのだろう。音色は聞こえなかった。
怖くて、咄嗟に吹いてしまったけれど、身代わりにさせてしまった。ポーはそれを思って、悔やんでいる。
「大丈夫だよ。あの子たち自身、言ってたじゃない。それにぬいぐるみなんだから、もし破れても私が縫ってあげるし」
そう言って、バッグの中のソーイングセットを取り出して見せる。「これでもお裁縫は自信あるんだよ」と言っても、慰めにはならないだろうか。
幼いポーに、苦笑いをさせてしまった。
「この通路は、どこに出るのかしら」
城壁の隙間から続く道は、曲がりくねってはいても一本道だった。いやマギーやネズミたちなら通れる空洞は、たくさんあったけれど。
走り続けるにも限界があるので、しばらく歩いた。ケイトの靴は革靴だったと思うから、追ってくれば足音がするだろう。
「そろそろどこかに出てもいいと思うんだけど……ミントたちを頼るしかないかな」
お城から出る時と、同じくらいの時間を進んだ。その間に、ネズミたちがどうなったのかも気になる。
彼らは無事で、役目が終わったと解散しているならいい。そうであることを確認したいという気持ちもあって、もう一度呼んでみたかった。
「ん――どこか、広い部屋になってるみたい」
「どれどれ?」
「待って。バラバラになったら危ないわ」
肩に乗っていたマギーが飛び降りて、走っていった。ハンスも着いていくので、仕方なく私も走る。
その部屋の入り口は、鉄格子で塞がれていたらしい。でも今は錠が朽ちてしまったのか、半開きになっていた。
先に行く二人はそれを、するするっと避けていく。私は立ち止まって、しっかり開かないと通れなかった。
格子は下の方の錆が酷くて、落ち葉やボロ布が纏わりついてもいる。夢の国という感じのこの世界にしては、清潔そうではなくてあまり触れたくない。
「なんの部屋かしら……」
通路を入ってすぐに、階段を下った。上りはなかったから、まだここは地下のはずだ。
そこから上に、二階か三階の高さほども筒状になって、天井にはまた鉄格子の窓が見える。
他に入ってきた以外の道は、一つだけある扉の向こうだろうか。その扉の前に立つには、それ用の階段を五段上らないといけない。やけに高い位置にある扉だ。
「鍵がかかってる」
「行き止まりね……」
軽く拳で叩いてみると、重々しい音がした。木製ではあっても、かなり頑丈そうな扉だ。
進めないとなると、戻らなければならない。そうなれば、ケイトと出くわす可能性が高い。
「やっぱりヒナの言った通り、ミントたちを頼りましょう。あの子たちなら、この扉の向こうへ行く道もきっと知っているわ」
「そうね――ポー、もう一度笛を吹いてみよう? そうしたら、彼らがどうなったか分かる。怪我をしていたら、絶対に私が治すから。ね?」
ダイアナを抱いて階段に座るポーは、気の進まない風を見せる。でもじきに、「きっと治してあげてね」と笛を吹いた。
「悪いことをしてしまったから、謝らなきゃ」
「うん。あの子たちが怒ってたら、私も謝るよ。でもそうでなかったら、ありがとうって言おう?」
「お礼……」
謝ることと、お礼を言うこと。どうするのがいいのか、ポーは自分なりに考え始めたらしい。しばらくして「ヒナの言う通りにする」と、ぽつり言った。
少し待っていると、壁の隙間からネズミが顔を出した。もちろんぬいぐるみだけれど、耳のところに青いリボンが付いている。女の子だろうか。
「ここだったのね。私はソーダ。ミントたちはまだ追いかけっこをしてるから、代わりに来たわ」
「まだ続いてるんだ――怪我はしてない?」
「平気よ。のろまな兵隊たちなんかに、捕まらないわ」
「ホントに? 良かった」
問い詰めるくらいの勢いで聞いたポーは、ほっと胸を撫で下ろした。ミントたちを本気で心配している様子を見て、ソーダはあははっと笑う。
「人間なのに、そこまで心配してくれるのね。嬉しいわ。それで、私はなにを頼まれればいいの?」
「この扉を開けることって、出来るかな」
「そこを開ければいいの? 簡単よ、反対側にいつも鍵が置いてあるから」
早速にもソーダは、振り返って「開けてあげて」と誰かに頼む。後ろに仲間が居るらしい。
「ここじゃ話が遠いわね。よいしょっと!」
顔を覗かせている穴から、ソーダはひょいっと身軽に飛び出す。どこへ向かうかと思えば、ハンスの頭の上に見事着地した。
「思った通り、柔らかくて気持ちいいわ」
「気に入ってもらえて良かったよ」
そこで座り込まれても、ハンスもまんざらでないらしい。彼自身も座って、頭を動かさないように気を遣っている。
「それで、どうしてこんなゴミ捨て場なんかに居るの」
「ゴミ捨て場なの? ここ」
聞けばこの国では、食べ物が腐ることはないので生ゴミなどは出ないらしい。それでもお城の中を掃除すれば、落ち葉などは集まる。
そういう物をここに落として、さらに地下にある地下水へ流してしまうのだそうだ。
「腐らないのにゴミが出るって、なんだかおかしな感じね。あ、でもそこの格子は錆びてるけど」
「そうね。きっと女王さまが、葉っぱは落ちるもの。鉄は錆びるもの、と思ったからじゃない?」
「ああ、なるほど――」
そんな細かなことも、女王の思った通りなのか。さすがは正真正銘の創造主、といったところだ。
でもそうするとやはり、時間の進み方が遅いのも同じだろうか。せっかく落ち着いたところで、聞いてみることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます