第34話:抜け道と隠し事

 缶ケースの中にあったヘラを、ポーは四辺を切り取るように動かした。私が想像したのとは違って、白っぽいペースト状の中身をごっそり取り出す。


「こんなに、いいのか? なくなっちゃったじゃないか」

「約束を守ってくれるのならね。私はあげるって言ったもの。入れ物は、あげられないけど」


 私が両手に受け取っても少し余るくらいの量を、ポーは二つに分けた。それを二匹の腕に、それぞれ載せてあげる。


「――んーっ! やっぱりうまい!」

「おい、今食べるなよ。みんなで分けるんだ」

「分かってるよ、味見だよ」

「それで? オイラたちはなにをする?」


 ポーのお願いとは、いくつかあるようだ。全部を聞いてくれなくてもいいから、出来るものだけでもと。

 その彼女の手から、缶ケースを受け取った。もう空っぽなのだから、持っておく必要はない。リュックサックに入れておく。

 ケースの底とヘラに付いたのを、匂いを嗅いでみた。ネズミたちの言う、ふわふわはよく分からない。でも、おいしそうな匂いではある。


「お芋かな?」


 それなら人間が食べても大丈夫だろう。舐めてみると、とても甘いポテトサラダ、という感じがした。


「うーん。それはちょっと、ここで教えるのは難しいな。案内するから、着いてきてくれよ」

「いいの? 助かるわ」


 二匹は自分たちを、ミントとパインだと名乗った。ミントはパインに、自分の持っていたペーストを渡す。前が見えなさそうだけど、重さは問題ないらしい。

 それから私たちは、ミントの案内でお城の中を走った。さすが彼が教えてくれるのは、狭くて誰も通らないような道ばかりだ。

 でもこの中でいちばん身体の大きな私でも、通れないところはなかった。彼はきっと、とても賢い。

 三十分も移動しただろうか。時には兵隊やカメの通り過ぎるのを待ったから、ずっと動いていたわけではないけれど。

 地下道みたいなところも通って、私たちは城壁の外に脱出していた。


「他にも色々と抜け道は知ってるからさ。また知りたい時は、呼んでくれよ」

「これ? もらっていいの?」

「ああ。持ってても、オイラたちは使わないし」

「じゃあ、いただくわ。ありがとう」


 ミントは自分の首にかかっていた、小さな笛をポーに渡す。食玩というのだろうか、お菓子に付いているような、プラスチックっぽい小さな物だ。

 じゃあな、とミントは去っていく。せっかくもらったおいしい物が、残っているだろうかと気にしながら。


「ポー、すごいね。色々と教えてもらえたね」

「うん――良かった、良かったの」


 感極まった彼女は、泣いてしまうのを必死に堪えた。私はそれに手を貸さない。黙って力強く頷いて、そうだね、まだ泣くには早いねと同意する。


「ルナはやっぱり、このお城に来たのね。早く見つけてあげなきゃ!」

「そうだね。でも――そのまま居るかは分からない。どうしたらそれが分かるかな」


 ポーがネズミたちにお願いしたのは、三つ。一つは私たちのことを、黙っていてくれること。

 もう一つはルナの特徴を伝えて、見たことがないか、今どこに居るか知らないかということ。

 最後が、お城の外や女王の居る部屋への抜け道を教えてくれることだ。

 二匹は快く、三つともを叶えてくれた。

 ルナが居なくなった日の服装と、ポーと同じ綺麗な金髪に、パインは心当たりがあったのだ。

 ただしそれも、伝聞だった。仲間のネズミが、そういう人間を見たと言っていたと。彼らは特になにも命じられていないので、ずっとおしゃべりばかりしているそうだ。

 詳しいことを聞いてみるとも言ってくれた。いま分かるのは、女王の怒りに触れて逃げ回っていたことだけだ。


「たぶん、なんだけど」

「ん、どうしたのマギー」


 ピンク色の小さなウサギさんは、その身体を一層小さくするようにうずくまっている。様子がおかしいので、具合でも悪いのかと心配してしまう。


「ルナは、お城の中に居るわ。出ていく必要がないものね」

「……どういうこと?」

「私がルナに頼んだの。女王さまを助けてって。それに、元の世界に帰る方法も、お城の中だって教えたわ。だから、外に出る理由がないの」


 マギーは私たちを連れてくるのに、少しばかり嘘を吐いていた。でもそれは、もう全て聞いたと思っていた。

 私はポーと声を重ねて、彼女に説明を求める。

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