Chapter 04:ルナの帰還

第33話:困りごとの相談

「……そんなに頑張ってくれたんだ。で、なんとかここに隠れたのね」


 再び出会った倉庫の中で、私たちは喜びあった。でも思い出したように荒くなる息を、まずは腰を下ろして整える。


「そうよ、とても大変だったわ。でも、ヒナを助けてあげないといけないでしょう? どうってこともなかったけどね」


 いつも以上に、大人びた口調で言うポー。

 顔や頭になにかの粉を付けて、膝をうっすら擦りむいている。両腕をしっかり私の腰に回して、ぎゅっと私のお腹から離れない。

 触れるとぽかぽか温かい頭を、両手で包むように撫でてあげた。


「怖かったんだと思うの。ずっと震えてたから。でもポーは、一度も怖いって言わなかったわ」


 マギーが肩に乗って、そっと耳打ちした。胸の奥が熱くなって、小さく二回、頷くのが精一杯だ。


「全部ポーが考えてくれたのよ。とても頼りがいがあったわ」

「――そう。本当に頑張ったね。ありがとうポー」


 お腹に埋まっていた顔がちょっとこちらを向いて、視線が合った。努めていい笑顔を返そうとしていたら、無言でまた顔が見えなくなる。

 怖くて甘えたいのか、照れくさいのか。どちらにしても、今はただこうしていればいいのだろう。

 私たちはしばらくそこで、気持ちを落ち着けるための休憩を取った。

 ……それは、どれほどだっただろう。いつの間にか眠っていて、感覚的に随分寝たなと思った。

 誰かの話し声が聞こえた気もしたけれど、目を開けないまま手探りでポーを見つけた。身体じゅう、ほかほかしていて眠っているようだ。

 あとの三人もじっとしているから、同じだろう。そういうところはやはり、本当に人形なのかと疑いたくなる。


「どこからだ?」

「こっちじゃないか?」


 その声は、はっきり聞こえた。

 男の、いや男の子の声。ほんの小さな、さささっと動く足音らしきものも聞こえる。

 それこそどこからだろう。眠っている間に、なにをされたわけでもないようだから慌てる必要はない。

 というのは焦った気持ちを落ち着けるために、私自身に言い聞かせている言葉だけれど。

 胸の高鳴りが離れた誰かに聞こえるというのは、あり得るのだろうか。

 静まれ、静まれ。

 息苦しくなってしまったので、唇を薄く開けて、細い息ながらも深呼吸をする。


「どうした?」

「いや、起きたのかと思った。でも大丈夫だ」


 どうやら声は、私のすぐ近く。とても低い位置から発せられているらしい。ばれないようにほんの少し目を開けて、そちらを見る。

 ネズミだ。

 どこかのキャラクターとかでなく、普通のネズミ。いやハムスターかもしれない。

 二匹のぬいぐるみは、ちょろちょろと私とポーの周りを走り回って、なにかを探しているようだ。


「分かった、この子だ」

「あったか?」

「今からさ」


 どうやらポーが気になるらしい。彼女の腕やお腹の辺りをくんくんと嗅いで、やがて服を軽く引っ張り始めた。

 なにをしているんだろう。それほど力はないみたいだし、害はないのかも。

 そうも思ったけれど、放っておいてなにかあってからでは遅い。とりあえず捕まえさせてもらおう。

 捜索に夢中になっている二匹それぞれの背中から、両手を忍び寄らせる。


「おい、後ろ!」

「お前こそ後ろ!」


 二匹は仲間思いのようだ。気付いて警告し合っているのを、きゅっと掴んだ。


「なにをする、離せ!」

「キャサリンに言いつけるぞ!」


 指を齧られた。でも歯もふわふわなので、全く痛くない。


「んん――どうしたの」

「ごめんね、ポー。お客さまが来たの」


 私が動いたのと、二匹が騒ぐのとで、ポーだけでなくみんな起きた。


「まあ、ネズミさんね。本物は苦手だけど、あなたたちは可愛いわ」


 無敵のポーにも、弱点があるらしい。持ちたいと言うので、一匹を渡した。


「それで、なにをしていたの?」

「いい匂いがしたんだ!」

「ふわふわのおいしい匂いだ!」

「ふわふわ?」


 食べ物の匂いということだろうか。ポーはそんな物を、持っていないはずだけど。


「ポー、なにか持ってるの?」

「うーん、これかしら」


 スカートのポケットを探って、見覚えのある缶ケースが取り出された。釣りの餌が入っている物だ。

 それを握っているネズミの鼻先に持っていくと「これだ!」と齧り始める。


「これは入れ物よ。食べ物はその中」

「くれ! 食わせてくれ!」

「そんなにお腹が減ってるの?」


 ポーが聞くと、二匹ともが激しく頷いた。


「オイラたち、ネズミなんだ」

「だから、歯が伸びるだろう? 硬いものを食べないといけないんだ」

「伸びるの?」


 ぬいぐるみなのに。と、疑問に思う。するとその答えはあっさり、「伸びない」と。

 がくり、力が抜ける。


「でもオイラたち、ネズミなんだ!」

「硬い物を齧るのがネズミなんだ!」

「うーん、アイデンティティみたいなことかな」

「アイデデテーだ!」


 なるほど。きっと本能みたいなものが、そういう欲求をかきたたせているんだろう。


「それは分かったけど、硬い物なんてたくさんあるでしょ? どうしてわざわざここに?」

「硬い物は食べられないんだ」

「オイラたち、ぬいぐるみだから」

「ああ……」


 そうか私の手を噛っても、むしろくすぐったいくらいだ。あれではお煎餅を食べるのだって難しい。


「だからお腹が減ってるんだ!」

「おいしい匂いがしたんだ!」


 ふりだしに戻った。

 その説明を求めたはずなのだけれど、結局なにも分からない。


「これが食べたいの? あげてもいいわ」

「本当か!」

「くれ! 食べたい!」


 うわあ――ネズミって虫も食べるんだっけ? 雑食だから、なんでも食べるのか。


「いいわ、あげる。でも私のお願いを聞いてくれたらね」

「いいぞ、なんでも言え」

「それをくれたら、なんでもやるぞ」


 ひと眠りして、ポーはすっかり元気になったみたい。というか前よりたくましくなったのだろうか。

 しれっと交渉を済ませてしまった。

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