第31話:熱意には信頼を

 女王の城は、大きかった。ヒナにはどう見えただろう。自分には、一つの山かなにかにさえ見える。

 城と街との間に、手入れされた芝生のエリアがあった。その手前の物陰に隠れて、城を間近に見たポーは、まずそう思った。


「また随分と大きくなったね」

「本当ね。大きくなるペースが、早まってる気がするわ」


 すぐ先には、芝生の真ん中を通る道がある。定規で引いたようにまっすぐなその先には、巨大な門があった。

 そこから右を見ても、左を見ても、城壁がどこまで続いているのか判別がつかない。

 その中に。いやむしろ、そこからはみ出さんばかりに、城は建っている。いくつの部屋があるものか、掃除をするのが大変だろうに。


「本当にやるの?」

「もちろんよ」

「他に方法がないものかな」

「私には思いつかないわ。ハンスには思いつくの?」


 ルナとドロシーとヒナを救い出す。そのためにはまず、どうすればいいのかたくさんの意見を出し合った。

 この場に大人は居なくて、その中身は幼稚だったかもしれない。けれどもきっと、最善を選んだはずだ。

 その過程を思い返して、いまだ震える自分の身体を抱きしめる。そして下唇を強く噛むと、勢いよく頷いた。


「みんな、行こう」


 もう誰も引き留めない。

 良かった。決心が鈍るのは困る。と、ほっとした途端、ハンスが「あー」ととぼけた声を上げる。


「ん、なあに?」

「一つ気付いたんだけど、いやきっと大したことじゃない」

「それでもいいわ。なに?」


 重ねて聞いても、ハンスは「すまない、きっと思い過ごしだ」と遠慮をする。

 そんなことを言われては、下手な引き留めよりも気になってしまう。まるでなんだか、重要な落ち度に誰も気付いていないような気分だ。


「いいから言って。気になるから」

「そうかい? じゃあ言うけれども――ヒナはどこに居るんだろうね」

「なにを言ってるの、ヒナはお城よ。確かめたわけじゃないけど、そうでなかったら他にどこだと思うの?」


 そうでなければ困る。

 女王の手下に連れて行かれた人間は、ここに来ましたか。なんて、ここから見える門番に聞くわけにもいかない。


「いや、そうじゃなくてだね。このお城は大きいだろう? すぐに見つかるかなと思ったのさ」

「あ……」


 なんてこと? そんな基本的な、当たり前のことを、今まで誰も気付かなかったなんて。

 大したことではないからと、発言を渋ったハンスを非難できない。

 やはりヒナが居ないと、そんなことさえ見落としてしまうのだ。判断能力もだが、彼女が居ないために落ち着いて考えることが出来ていない。


「それはとても大切だけど、調べる方法があるかしら」


 言う前に少し考えてみたが、糸口さえ見えないように思えた。自分一人で考えてもダメだと思って、仲間に意見を求める。


「△△△!」

「大声で呼んでみてもダメよ。とても聞こえる距離じゃないわ」

「▲▲△!」

「中のことを知っている誰かを、捕まえるというのはどうだろう」

「▲△△!」

「拷問でもするの? そんなことはしたくないけど――したとして、話してくれるかしら」

「△△△!」


 ポーの顔面いっぱいに、ダイアナが張り付いた。なにやら先ほどから両腕を振り回して、ダイアナにしては大きな声を張り上げていたけれども。


「――んんっ! ぷはっ。どうしたの?」


 ちょうど口と鼻を押さえられたので、息苦しかった。引き剥がして聞くと、ダイアナはしきりに、自身の顔を指さす。


「△△△!」

「ダイアナが?」

「△△△△△△!」

「ダイアナが探す、と言っているんじゃないかしら」

「ええっ? そんなこと……」


 ポーの腕力でさえ、容易に折れてしまいそうな華奢な身体。背も、ポーの手の平で三つ分ほどだ。

 それほどか弱く見えるダイアナに、そんなことが出来るのか。ポーは疑ってしまった。

 しかし本人はやる気満々という顔で、自慢げに羽を見せつけてくる。自分は飛べるのだ、その点はこの中の誰にも負けないと言っている。


「その羽で飛んで、お城の外から探してくれるの?」

「△△△!」

「――分かった。絶対に無理をしたらダメよ?」

「△△△!」


 ヒナを見つけたら、なにもせずにすぐに戻ってくること。そうでなくても、危ないと思ったら逃げること。

 それだけ約束すると、ダイアナは元気よく飛んでいった。ご丁寧に、門番の真上を。

 幸いに気付かれなかったようだ。


「一人で大丈夫かしら」

「小さいからって、疑うのはダメ。出来るところまでやってみなくちゃ、なにも分からないわ」


 今はヒナの背中にあるはずの釣り道具。あれはポーの宝物だ。

 そもそもはルナが欲しがって、両親が買ってくれた。ポーも同じ物を欲しがったが、針が付いているし、当時のポーはまだ五歳で危ないと断られた。

 釣りがなんなのかも、分かっていなかった。ルナと同じことがしたかっただけだ。それが叶わないのが悔しくて、ポーは悲しくなった。

 けれども両親の言っているのは、きっと正しい。だから一人で、自分の部屋で少しだけ泣いた。

 数日が経って、道具の手入れをしているルナを黙って眺めていた。湖に行って、綺麗な魚を釣って帰ったのだ。


「ねえ、ポー。そんなにこれが欲しい?」

「うん、欲しい」


 唐突にルナは言った。最初に断られてからは、そんな素振りは見せなかったのに。

 でも差し出すように見せられると、思わず正直に欲しいと言ってしまった。


「じゃあ、あげてもいいよ」

「本当? でもパパとママが、ダメだって言うわ」

「そうだね。だから私も、ただあげるわけにはいかない」

「どうすればいいの?」

「やり方は教えてあげる。でも私は、なにも手伝わない。それで魚を釣って帰るんだよ」


 それが出来ないなら、両親の言う通りにポーにはまだ早いのだ。納得して、ポーは頷く。

 次の土曜日。ルナと朝から湖に行った。針と、仕掛けと、竿。それぞれバラバラだ。見たこともない、小さな金具を結びつけ、またそれを繋げる。

 釣りの出来る形にするまでに、午後を少し過ぎてしまった。

 餌もルナに教えてもらって、昨夜のうちに用意してある。いよいよ釣りの初体験だ。

 刻限の夕方まで、粘りに粘った。

 その日の夕食ではポーのお皿にだけ、少し小ぶりな焼き魚が載っていた。

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