Interlude 03

第30話:ヒナ救出大作戦

 街中でのお茶会から一転。ヒナが連れ去られるのを、ポーは見送るしかなかった。

 テーブルの上には、ナイフやフォークを構えたテーブルナプキンたちが。遠ざかるヒナとの間には、狼たちが立ち塞がっている。

 やがて通りの向こうに消えて見えなくなると、狼たちは散らばって去った。テーブル上に、カタンカタンと金属音がして、ナプキンはただの布切れに戻っている。


「二人とも大丈夫?」

「――いやいや平気だよ。ダイアナもだね」

「△△△!」


 地面に転がされてしまった二人を、助け起こす。付いた土埃も、丁寧に払ってやる。

 その手が震えるのを、止めることが出来ない。

 不思議なことが起こる世界で、姉のルナを見つけ、友だちのドロシーを救わなければならない。使命は分かっていても、絵本に飛び込んだような景色を面白いと感じるのも避けられない。

 それどころでないと分かっていても、人形たちが動いているのを、すごいな可愛いなと思わずにはいられなかった。

 しかしそれは、ヒナが居てこそだと初めて分かった。


◆◆◇◆◆


 ルナがイングランドへヒナを連れ帰った時、ポーにはやきもちの気持ちがあった。自分は一緒に居られない日本で、ルナと仲良くしている。

 ずるい。うらやましい。

 しかし同時に、平然とそんなことをするルナにも苛立ちがあった。だからヒナと仲良くして、あてつけてやろう。

 それが最初に、ヒナに関して考えたことだ。もちろん手紙で色々と聞いてはいたが、文章と現実にそこへ居るのはやはり違った。

 ヒナと仲がいいのを見せつければ、ルナもこれまで以上に可愛がってくれるに違いない。そうすればルナとヒナと、二人から可愛がってもらえることになる。

 なんと魅惑的な計画か、ポーは自身を天才かもしれないと思った。

 だが現実は、そうならなかった。ルナは翌朝から忙しく出かけてしまい、遊んでくれるのはヒナだけとなってしまった。

 拗ねる気持ちはある。けれどもヒナに対しても、もはや他人とは思えない。手紙による疑似体験で、もう何度も一緒に出かけたことがあるような認識だった。

 実際に遊んでもらって、ルナの包み込んでくれるような優しさと違う空気を感じた。ヒナはポーを、必要以上に子ども扱いしない。

 例えばヒナの知らないことをポーが知っていれば、子どもとか大人とか関係なく、すごいねと感心してくれる。

 そんなヒナを、ポーが好きにならないはずがなかった。


◇◇◆◇◇


「ヒナ。どこに連れて行かれたのかな……」

「たぶん――いえ、間違いなくお城だと思うわ」

「助けに行かなくちゃね」


 助けに行く。当然だ。

 もともと、ヒナはドロシーとは関係がない。ルナが連れてきてさえいなければ、この世界に来ることもなかっただろう。頼んだのはポーなのだから、最後まで責任を持たなければ。

 でも。どうやって?

 大好きになったヒナが居なくなって、ポーは心細いと感じていた。

 色とりどりの、丸みを帯びた家々。イラストで描いたような草木たち。さっきまでと今とで、それらはなにも変わっていない。

 なのに、怖い。ポーの生まれ育った場所にない物。ここには父も母も、姉も居ない。ポーの知った、なにもかもがない。

 その上に、ヒナまで居なくなってしまった。

 身体の中心が冷えてしまったように感じる。胸の下からお腹の辺りまで、その中央に冬の種でもあるような気がする。

 それほどに寒かった。

 ふわふわで温かいはずのマギーを握る手にさえ、体温が薄れていく錯覚に陥った。


「……ポー。ポー!」

「えっ!」


 ぼんやりとしてしまっていたようだ。マギーが手首の辺りを揺らし、ダイアナは頬をぺちぺちと軽く叩いている。


「ヒナは大丈夫。でも居てくれたほうがいいわよね。だからまず、ヒナを助けに行きましょう――早く」


 マギーは最後に、言葉を飲み込んだ。

 それがなんだったのか、ポーにも分かる。言葉にしてしまえば、ポーは今以上に不安感を抱くだろう。きっとそれを考えたのだ。


「早く。早くしなきゃね」

「助けに行くのはもちろんだけど、どうやればいいだろうね」


 ハンスは、気にしているのか分からない。今までと全く同じで、でもそれが彼の優しさかもと思った。

 それに実際のところ、彼の言い分は重要だ。お城と言うからには、兵隊などが警備をしているのだろう。無計画には行動出来ない。


「入れてって言ってもダメなの?」

「それは捕まえてと言っているのと同じよ」

「そうなるのね。うーん――兵隊はたくさん居るの?」

「少なくはないよ。でもどれほど居るのかは分からない。ドロシーの部屋に居たのは二、三体だったはずなのに、たくさん増えているからね」


 マギーたちは、城の中のことには詳しくないと言った。

 最初はよく知っていたのだが、気付くと構造が変わっている。逃げ出してから随分と経ったので、全く当てにならないと。


「そうなんだ……それなら、いい考えがあるわ。ヒナ救出大作戦よ」


 なんてことを思いついてしまったのか。本当に実行するのか。自分の顔が青ざめていくのを自覚しながら、それでもポーは明るく言った。

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